13.はじめての思い出が嫌なものになりませんように
だがお父様はここで引く気はないらしい。なおも食い下がってくる。
「……どうしてもダメか?」
「ダメです」
「なら亀蔵に直談判を!」
「待って、お父様!」
諦めの悪いお父様はスクッと立ち上がる。私の制止の声など耳に届いていないようで、そのまま部屋を後にした。
向かう先はおそらく亀蔵とお母様がいる屋敷裏だろう。芸をいくつか覚えさせたいとかで、最近毎日のように練習している。
今から追いかけても間に合うはずだが、そこまでして止めようとは思えなかった。
「亀蔵のこと好きすぎでしょ……」
深いため息を吐きながら、ソファに身体を預ける。
「領主にも何か考えがあるのだろう。亀蔵が承諾するなら許してやれ」
「亀蔵を自慢したい、とか?」
「そうかもしれんな」
ルクスさんはお父様の考えを見抜いているようで、平然とカップを傾けている。私がお父様と話しているうちにおやつタイムは一段落したようだ。
真意は分からないけれど、やはり亀蔵に任せた方が良いのだろう。
芋掘りが大変になったとしても、私達が頑張れば済むことだ。その時は何かお土産でもねだっておこう。
牛肉ジャーキーとか馬肉ジャーキーとか羊肉ジャーキーとか。
脳内がジャーキーで侵略されつつある中で、鮭とばもいいな……なんて新勢力が登場する。
どちらにせよ酒のつまみと呼ばれるようなおやつであることには違いない。
甘いおやつならわざわざ王都で買ってきてもらわずとも、我が家の調理人が最高に美味しいものを作ってくれる。ねだるものに偏りがあるのも仕方のないことだ。
そう、決してロドリーの土産物の味が忘れられないとかではない。
ましてや今度来る時も持ってきてくれないかな~なんて欲深いことは、本当にちょっとしか思っていないのだ。
クッキーを完食し、お茶のお代わりまで済ませた頃にお父様は戻ってきた。そして勝ち誇ったような表情で告げる。
「亀蔵の許可が取れたぞ!」
どうやら亀蔵はお父様についていくことを決めたらしい。
本人が決めたのなら仕方ない。遅れて部屋に入ってきた亀蔵に手を置きながら「芋掘りは任せてちょうだい」と告げる。嬉しそうにかめぇと鳴いた。
だが亀蔵にとってこれが初めてのお出かけである。初めてが長期外泊となると、お父様が一緒とはいえ心配だ。
知らないおじさんたちに囲まれて怖い思いはしないかと心配になってしまう。
そこで残りの二週間、亀蔵に自衛手段を仕込むことにした。
「知らないおじさんが部屋に入ってきました。亀蔵に気づかずに真っ直ぐと大股で歩いてきます。さぁどうするの?」
見知らぬおじさん役として近づきながら、亀蔵に質問を投げかける。
すると亀蔵はプッと前方に水を吐き出し、己の位置をアピールする。一緒にかめぇと大きめの声で鳴くのも忘れない。
「オッケー。じゃあ次。私はお父様が大切にしている亀蔵に危害を加えてやろうと、部屋に忍び込んできた悪いおじさんです。今にも攻撃魔法を打とうとしています。さぁどうする?」
「かぁ〜め〜」
唸りながら空中に作り出したのは大きな口である。大人を丸かじりしてしまいそうなそれを上下にガバッと開く。そして私の目の前でガチンと勢いよく閉じた。
「やっぱり何度見ても迫力ある」
この威嚇方法を考えたのはお母様である。
なんでもとある魔獣をイメージしたそう。お母様のアイディアを元にルクスさんが細かい調整を行った。
魔獣との戦闘経験が浅い私にはこんな技、絶対思いつかない。冒険者として活躍してきたお母様ならではである。
いつものように地面を歪ませて動けなく出来ればそれが一番楽かつ安全な手段なのだが、あいにくと会場内の床はフローリングである。宿の部屋だってもちろん土ではない。
そこで恐怖で失神させてしまおう作戦が役立つというわけだ。
私とお父様は過剰防衛でも亀蔵の安全が第一だと主張し、顔面を覆うような水球を作らせようとした。
周りに誰かいたら死ぬ前に助けるだろうし、逃げながら使えばそのうち魔法が届かなくなる。どうにかなるだろう、と。
だがいくら防衛とはいえ、やりすぎはよくないと止められたのだ。
特にお母様は「過剰防衛は後でこちらも損を背負い込む可能性がありますが、正当防衛なら後でいろいろと絞れるでしょう?」と。
純粋に亀蔵の強さを信じていただけのルクスさんは、お母様の悪い顔に軽くヒいていた。
シルヴェスターで生まれ育ったわけではないとはいえ、お母様もまた家族への愛情が強いのだ。
「それに亀蔵にはちゃんと芸も仕込んだし、大丈夫よ」
だから急いで新たな攻撃魔法を身につけさせる必要はないと、お母様は言っていた。一体どんな芸を仕込んだのだろうか。私はてっきり飼い犬に教えるようなものを想像していたのだが、あの様子だと少し違うのだろう。
亀蔵に頼んで見せてもらおうにも、お母様が「お母様との秘密」と言い聞かせているからか、全然教えてくれる気配がない。
私の知らないところで亀蔵が変わっていくのが寂しくもあるが、新しいことを知っていくのは良いことである。
ここはぐっと堪え、亀蔵のイメージトレーニングを重ねるまでだ。
「影からおじさんが迫ってきました。こちらに気づく様子はありません」
「かめっかめっ」
亀蔵は声を出しながら横にズレていく。教えた通り、バッチリだ。さすがは亀蔵。天才カメである。よしよしと頭を撫でて、ご褒美のカット野菜をあげる。
「そもそも亀蔵レベルの魔獣が近くにいて気づかぬ者がいるとは思えん。ましてや危害を加えようとするなどよほどの命知らずか馬鹿くらいだ」
ルクスさんは呆れた様子。だが命知らずも馬鹿も、ついでに身の程知らずだって世の中にはごまんと溢れている。
我が家の大切な亀蔵がはじめての外出で嫌な思い出や傷を作ってこないためにも、しっかりやっておくに限るのだ。




