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8.王族よりも今日のデザート

 水分が蒸発するのを待つ間、お兄様は再びホーンラビットの血抜きを行う。


 ゴーサインが出たシロは火を避けながら駆け回り、せっせと魔物の死骸を車まで運んでくる。初めは警戒していたルクスさんもお兄様がいれば問題ないと思ったのか、亀蔵と一緒にすやすやとお昼寝をしている。


 お兄様と二人でシロが持ってきてくれた分も処理をして、と作業を続けているうちにお迎えの時間となってしまった。


 お父様の車の音で起きた亀蔵とルクスさんはくわぁと大きなあくびをする。まだ眠たそうだ。シロは大満足のようで、はち切れんばかりに尻尾をブンブンと振っている。


「全部血抜きを済ませてあるのか」

「帰ったら肉も剥ぎますので」

「いや、それは私達がやる。ダグラスはシロの顔見せも兼ねて領民達に肉を配ってきてくれ」

「分かりました」

「なら私はお父様達と一緒に」

「ウェスパルは疲れただろ? 帰ったら風呂に入るといい」

「でも」

「ダグラスの言うとおりだ。今日は早めに休みなさい」


 体力も魔力も作業中にすっかり回復したのだが、ここはお言葉に甘えることにしよう。コクリと頷けば、お父様とお兄様はよく似た顔で嬉しそうに笑った。


「亀蔵は帰ったらお父様がおやつあげるからな~」

「今日は亀蔵、いっぱい活躍したんですよ。ね、亀蔵?」

「かめっ! かめえええ」

「そうかそうか。偉いぞ~、よ~しよしよし」


 今日の活躍を熱く語る亀蔵にお父様はデレデレである。

 帰ったらと言いつつも、少しはおやつを持ってきていたらしく、小さく切った野菜をあげている。


 そのうちに地面に置いたままだった物をお父様の車に載せていく。

 最後に、少し前に火を消した場所から魔石を回収し、屋敷へと戻る。


 車に揺られながら、スライムの皮をペリペリと剥がしたり、魔石を洗ったりと簡単な作業を行う。


 魔石は選別をして、高く売れそうなら出荷。スライムの皮はスカビオ家に贈られる。


 シルヴェスターではほとんど使用する機会がないが、撥水性や防寒・防暑などに優れているらしく、植物のハウス作りに最適だそうだ。スカビオ領にはそうして作られたハウスがいくつも並んでいる。


 一般的なスライムでも作ることは出来るそうだが、シルヴェスターのスライムは魔石だけではなく、皮の品質も他とは段違いらしい。

 贈るととても感謝されるので、我が領で取れたスライムの皮はスカビオ家に贈ることとなっている。


 なにより、スカビオで生産出来る植物が増えれば薬の種類も増え、シルヴェスターとしても非常に助かる。助け合いは大切だ。




 屋敷に戻ってすぐ、ルクスさんと共にお風呂へと向かった。

 いつも通り、もこもこにした泡で身体を洗ってお湯へと浸かる。ふ~っと息を吐けば、疲れがお湯に溶けていくようだ。


「あんなのが住まう地に監視を付ける意味があるのか?」

「突然どうしたんですか?」

「ウェスパルの兄、あれは異常だ。戦闘の手際の良さもそうだが、神の子どものフェンリルを下し、一日で命令を聞かせるレベルまで躾けた。人間が数人でかかったところで勝てるような相手でもないだろう」


 フェンリルが神の子どもだと知っているルクスさんからしたら、確かにお兄様は奇妙な存在なのだろう。近くに居ても爆睡するくらいなので、警戒はしていないようだが呆れてため息は出てしまうらしい。


 この家はどうなっているのだ、と眉間に皺を寄せた。だがどうなっているのかと聞かれても困る。


「お兄様は確かに強いですけど、異常ってほどじゃないと思いますよ? それに犬科ってボスと決めた相手には従うものじゃないですか」

「今日の戦いを見た限り、やつもなかなかの腕前だ。なにより神未満とはいえ、神の力は受け継いでいるはずだ。そんなフェンリルをただの犬のように躾けていた。それが異常だというのだ。……とても人間の手に負える存在ではない」

「それを言ったら今の私達だって十分異常ですよ」


 一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、寝て、勉強して、狩りにも行って。


 召喚した相手が神の子どもだと知らないお兄様よりも、元邪神と分かっていてルクスさんと付き合っている私の方が異常だ。


「それに監視を付けるのは形式的なもので、王家側だってそれに抑止力がないことくらい理解してますって」

「それもそうか」

「そうですよ。そんなことより、今日のデザートなんでしょうね~」

「林檎を使ったものだろうな! 出かける前、屋敷の裏に大量の箱が詰んであるのを確認した」


 王家への興味よりも食い気を優先したルクスさんは誇らしげに胸を張る。

 そういえば私が準備している間、どこかへ行っていた。出発前にキッチンの裏手を確認していたとは……。食欲の権化か。だがそこまで確認しておいて、大事なところを見落とすとはルクスさんもまだまだである。


「それはファドゥールに返却する空き箱ですよ。ほら、一昨日ジャム作ったからその時のやつ」


 馴染んできたとはいえ、ルクスさんが我が家に来てからまださほど日数は経っていない。出来上がったジャムの量から使用した林檎の個数予想までは出来なかったらしい。


 よほど林檎のデザートを楽しみにしていたのか、小刻みにぷるぷると震えている。


「我はもう林檎の口になっているというのに……」

「じゃあ食べないんですか?」

「それはまた別の話だ」

「食後の紅茶にジャム入れてもらいましょうか?」

「だが合う・合わないがあるだろう」


 確かにその通りだ。合いそうなら入れてもらおうと約束し、私達はお風呂からキッチンへと直行した。


 デザートを確かめるためである。

 そこで目にしたのはふわっふわのパンケーキ。真っ白なお皿の上に現在進行形で積み上げられている。


「食後のデザートにパンケーキは重いかなと思ったのですが、お腹が空いていらっしゃるかと思いまして。お食事前に食べられるようなら、仕上げに林檎のジャムを」

「食う!」

「食べるわ!」

「紅茶と一緒にお部屋までお運びしますね」


 こうしてルクスさんは一人前半のパンケーキを完食した。

 口いっぱいにパンケーキを詰め込み、追加のジャムと紅茶まで要求する彼は本当に幸せそうであった。

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