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4.お兄様のパートナー

 ーーなんて思っていた私はお兄様への理解が足りなかったのだろう。


 教本によれば、魔獣召喚の儀にはいくつか決められたルールがある。

 呼び出す種族に応じた召喚陣を描き、特定の魔獣をイメージしながら決められた詠唱を行う。


 この時、召喚陣を間違えていたり、イメージが不十分だったりすると予期しない魔獣が呼び出されてしまう。


 お兄様にお父様、お祖父様まで室内にいるので危険ということはないが、本来とても注意が必要となってくる儀式であることには違いない。


 だがそのほとんどをお兄様は無視した。

 召喚陣を描くために使ったのはお兄様が過去に討伐した魔物の皮だが、陣自体はとても適当。綺麗に描かれた円の中は子どもの落書きのような模様が描かれている。


 召喚の儀に立ち会うのがはじめての私でもこんなのあり得ないと断言するような図である。ルクスさんも無言で陣と私を見比べている。


 それだけでもまずいのに、詠唱はもっと適当だった。


「三食昼寝・散歩・狩り・ブラッシング付き! 俺と一緒に戦ってくれる強いやつ出てこい!」


 RPG序盤のパーティーメンバー募集要項かと突っ込みたくなるような詠唱で、魔獣なんて呼び出せるはずがない。


 やはり学園側の授業で色々と準備してもらうのが一番なのだろうーーそう思った時だった。召喚陣からズモモモと何かが浮き上がってきた。


 あれで納得した魔獣がいたらしい。物好きもいるものだ。

 煙に包まれているので種族までは分からない。また現時点では強いかどうかは分からないが、お兄様の相棒になるならそのうち強くなることだろう。


 身体のほとんどが出てくると徐々に煙も薄くなっていく。

 お兄様、お父様、お祖父様の三人は魔獣からの襲撃に備え、戦闘態勢に入る。私達は三人の後ろから陣を見守る。


 先に飛び出したのは魔獣だった。

 2メートル以上はある巨体で、四足歩行。身体は真っ白な毛に包まれており、お兄様の頭を噛みちぎる勢いで飛びかかってきた。


 それをお兄様は構わずペチンとはたき落とした。

 拳ですらない。だが威力は抜群。魔獣は床へと沈んでいった。


 今の一撃で勝てないと悟ったのだろう。

 きゅーん……と可愛らしい声を上げ、腹を見せた。なんともあっけない。


「ごめんな〜痛かったよな〜」

 お兄様がそう言いながら魔獣の腹を撫でる。


 魔獣というか未来の神様。

 お兄様が召喚したのは、神の卵から産まれたフェンリルだった。例の神様になるには一歩足りない彼である。


 そのことに気づいているのはこの部屋で私とルクスさんだけ。


「神の子が簡単に人間に屈したことに嘆くべきか、兄妹揃ってやらかす規模が違うことを嘆くべきか……」

「私もさすがにお兄様ほどの思い切りはないですって」

「謙遜することはないと思うぞ」


 本来第二部でヒロインが召喚するフェンリルだが、ゲームとは違い、人間への敵意が見える。おそらくまだ人間と協力しようという考えに至っていないのだろう。


 魔獣側から見た魔獣召喚というものがどんなものかは分からないが、態度の差から考えると望まぬ呼び出しだった可能性は高い。


 呆れる私達を横目にお兄様はサクサクと契約を結んでしまった。

 私とルクスさんが契約を結んだ時のお父様もこんな気持ちだったのかもしれない。


 だが私にとっては朗報でもある。

 お兄様がフェンリルと契約したということは、裏を返せばお兄様が契約を保っているうちは他の人間が彼を呼び出すことはできないということになる。


 つまりヒロインは他の魔獣を召喚することとなる。

 だが召喚に応じる魔獣の中ではフェンリルが最強。神の力を受け継ぐ魔獣が召喚に応じることはほぼないので、この時点でヒロインの勢力を大幅に削ったことになる。


 ヒロインが弱ければ、攻略は進まない。

 つまり私の闇落ちは回避される! なんと素晴らしい構図だろうか。


 この時点で乙女ゲームに打ち勝ったも同然である。


「パーティー! 召喚記念パーティーをしましょう!」

「それはいい。そうだ、シロは何食べるんだ?」

「我輩……いえ、私は頂けるものならなんでも」

「謙虚なんだな」


 乙女ゲームではヒロインと協力関係にあった彼だが、お兄様に下ったことにより、一人称や口調まで変わってしまっている。


 名前だって親から付けてもらった名前に誇りを持っていたはずなのに、お兄様が適当につけた名前を受け入れてる。忠犬のように後ろをトコトコと歩くシロはとても近々神様となるとは思えない。


 いや、今回の一件で神になる運命自体吹っ飛んでしまったかもしれない。


 だが召喚されてしまったのもまた運命。

 お兄様の元で強く生きて欲しいものだ。

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