◆転機
王家side
幼い頃から欲を口にせず、言われたことを淡々とこなすだけのサルガスが自らの意思でシルヴェスターに足を運び、そして邪神ルシファーと辺境伯令嬢ウェスパル=シルヴェスターに興味を持った。
こんなこと、もう二度とないかもしれない。
親として叶えてやりたい気持ちはあった。だが相手が相手である。すぐに頷く事は出来なかった。
サルガス本人も状況を理解しているからだろう、急かすようなことはしなかった。
代わりに王の間を下がってから真っ先にマーシャルの元へと足を運んだ。
しばらく二人で何やら話し、翌日からマーシャルと同じ鍛錬に励むようになった。その関係で兄弟で会話を交わすようになり、二人の表情も豊かになった。
召喚以来、部屋の鳥籠に入れてばかりだった召喚獣も外に出すようになったそうだ。
少しずつ、けれど確実にサルガスは良い方向へと変わりつつある。
以降も辺境伯の報告を聞きながら、頭を悩ませる日々が続いた。
神に戻る気はないとの言葉通り、邪神に異様な動きはない。ウェスパル嬢との仲はよく、彼女の魔法の練習にも付き合っているそうだ。
元とはいえ、神であるルシファーが彼女を妻にしたいと望んだら……という不安は残る。
だがそれよりもジェノーリア王国にとって重要なのは、ファドゥール伯爵家とスカビオ伯爵家への対応である。
封印が解けた直後こそ邪神に警戒していた二領だが、代々シルヴェスターと深い仲にあるというだけあって適応が早い。すっかりルシファーのいる生活に慣れつつあった。
こうして悩み続けている間にも、シルヴェスターと他二家に今以上の力を持たせるきっかけを与えてしまう。
やはりサルガスの提案通り、婚約者をマーシャルからサルガスにチェンジするべきなのではないか。
だがサルガスの婚約者であるシェリリンとその父親のスカーレット公爵が認めるかどうか。
スカーレット家は名家の一つで重臣でもある。公爵は今は亡き妻にそっくりの娘を溺愛している。二人の婚約も娘の初恋を叶えるために公爵が奔走して決まったもの。
マーシャルに護衛と医者を付けてシルヴェスターに送ればいいと言いかねない。了承したとしても後々の関係に響く。頭が痛かった。
だがとある事件により、事態が一変する。
眠れる獅子を起こした阿呆がいたのである。
今後の政略について悠長に悩んでいる時間はなくなった。
すぐさまスカーレット公爵を呼び出した。
「スカーレット公爵家には不義理なことになってしまうが、サルガスとシェリリン嬢の婚約を解消してもらいたい」
ジェノーリア国王は深く頭を下げた。
スカーレット公爵も呼び出された時点で予測はしていたのだろう。彼は目を細め、遠くを見つめた。
「妻亡き今、私には娘しかおりません。自分の命よりも大事な娘の初恋を叶えてやりたい気持ちはあります。けれど恋というのは命があってこそのものであります。あの子には私よりうんと長生きをしてほしい。そのためなら娘に恨まれても構わないとさえ思います」
すでに事件のことは耳に挟んでいるらしかった。その上で婚約解消を了承してくれた。
荒ぶる獅子をこれ以上刺激しないようにするため。
ひいては余計な火種が愛娘に降りかかることを避けるためであった。
「私にとって、大昔に罪を犯した邪神よりも彼の方が恐ろしい」
スカーレット公爵がポツリと溢したその言葉が事の重大さを物語っている。きっとこの先、いくつもの貴族がシルヴェスター家に下ることだろう。ダグラス=シルヴェスターが中心となって起きた乱闘騒ぎは国の勢力図を書き換えるには十分だった。
乱闘後、何があったのか調べてみると事の発端は数ヶ月前、入学試験まで遡ることとなった。
ダグラス=シルヴェスターは座学・武術・魔力すべての項目で一位を獲得した。
入学挨拶こそ公爵令息に譲ったが、入学試験の時点で彼はとても目立っていた。元々地方貴族達から一目置かれていたこともある。
それを気に入らなかった数人の令息が彼にちょっかいをかけ始めたらしい。
「シルヴェスターなんて辺境伯という地位を与えられてはいるが、所詮俺たちの納税のおかげで成り立っているお荷物じゃないか」
「少し成績がいいくらいで調子に乗るなよ」
「魔物を倒しているだけで公爵家と並ぶ家格だなんて納得いかない。魔物なんてそこらへんにいる家畜と変わらないじゃないか」
周りの生徒によれば、そんないちゃもんのような言葉を毎日吐きつけられていたようだ。




