22.集まった精霊達
それからすぐ切り分けられたパイとロイヤルミルクティーが運び込まれてくる。
「ほらルクスさん、パイ来ましたよ」
「うむ」
ルクスさんのは小さめのものが二つ載っている。お皿ごと彼の手元に運んでいくと、そのうち一つを鷲掴んだ。
一口食べてすぐラズベリーパイも気に入ったようで黙々と食べ進めている。そしてはたと顔を上げた。
「我が用意させたロイヤルミルクティーも美味いぞ。二人も飲むといい」
「今日はミルクティーなのね。美味しそう」
「ただのミルクティーではない。ロイヤルミルクティーだ」
「初めて聞く名前だが……美味いな。パイと合う」
「そうだろうそうだろう」
好きなものを褒められて嬉しいのだろう。コクコクと頷きながら「おかわりもあるからな」と勧めている。
ギュンタは喜んでポットに手を伸ばし、二杯目を注いだ。
ほおっと息を吐くように和らいだ表情を浮かべる彼に、私まで嬉しくなってくる。
「それにしてもドラゴンの召喚に続き、新種の魔獣まで引き寄せるなんて凄いわよね」
「たまたまよ」
「畑を耕す魔獣がいるなんて聞いたことないけど、その子はウェスパルのところを選んで来たって感じだよな」
「野生の魔獣が人に懐くこと自体珍しいし、縁があるのよ」
「縁、か」
錬金獣は製作者に懐くものらしいが、亀蔵が出来たこと自体が偶然。
四体の亀のうち、亀蔵だけが錬金獣になって私の元へと来てくれた。
イヴァンカが言うように私たちの間には縁があるのかもしれない。そうだといいな。
「ところでお前達、精霊はどうなったんだ?」
口元についたカスを舐めとりながら、ルクスさんは首を傾げた。
すると二人ともハッとした表情でピタリと手を止めた。
「そうそう、今日はその話に来たんだった」
「俺もイヴァンカもちょっと困っててさ。ルクスさん、相談に乗ってくれないか?」
「話してみろ」
話によれば、二人とも数日前に精霊召喚を行ったらしい。ルクスさんの見立て通り、召喚は見事成功ーーと、ここまでは手紙に書かれていた通り。
喜ぶべきことで、このままお祝い会を続けたいところなのだが、予想外のことが起きた。
一体だけ呼び出したつもりが、複数体の精霊達がやってきてしまったのだという。それも呼び出した土の精霊だけではなく、風の精霊と水の精霊まで付いてきた。
だが二人とも魔法の適性があるのは二属性。
ただ複数の精霊が集まっているだけではなく、適性がない精霊達もやってきてしまった。
不思議に思いながらも二人とも適性があり、当初の目的であった土の精霊と契約を結ぼうとした。だがなぜか他の精霊によって邪魔されてしまうのだという。
「好かれているのはなんとなく分かるんだけど、精霊の言葉は分からないから困っちゃって」
「とりあえず数日は様子を見たんだけどみんなどこかに行く気配もないし、契約してくれる気配もないし……どうすればいいかな?」
精霊を呼び出す前にいくつもの書物を読み、万全を尽くしたつもりがまさかの事態が起き、二人とも困っているようだ。
ファドゥール伯爵もスカビオ伯爵も理由が分からず、精霊使いが間近にいないので相談できる相手もいない。
そこで長命族のドラゴンであるルクスさんなら何か知っているのではないかと尋ねてきたらしい。
「それでその精霊達はどこにいるんだ?」
「今は馬車の中で待っててもらっているわ」
「こんな話聞かせられないからさ。本当は領で待っててもらいたかったんだけど、聞いてくれなくて……。馬車で待っててもらうのも一苦労だったんだ」
「ならここに連れてこい。通訳してやる」
「ルクスさん、精霊の言葉分かるんですか!?」
「当然だ。我はドラゴンだぞ」
胸を張り堂々と宣言したルクスさんに、イヴァンカとギュンタの尊敬の眼差しが集まっていく。二人はすぐに連れてくると馬車へと走った。
「ウェスパル」
「なんでしょう?」
「今のうちに部屋から魔結晶の瓶を持ってきておけ。二つずつでは足りなくなるだろうからな」
「どういうことですか?」
「いいから取ってこい」
契約しなかった精霊に渡す用かな?
意図は掴めないがとりあえず急いで部屋へと向かう。魔結晶を貯めた瓶は机の上にある鍵付き箱の中にある。普通に置いておくと精霊が勝手に持って行ってしまうからだ。
魔結晶は精霊の好物だが、与え過ぎれば多くの精霊が集まってしまう。
集まるだけならいいが、彼らがここに留まれば本来精霊を呼び出せる相手が召喚を行っても彼らが応じなくなってしまう。
ますます精霊召喚が廃れてしまうのである。
それは私とルクスさんの本意ではない。




