21.ドライフルーツ
今日は幼馴染の二人が遊びにくる日である。
前回来た時から約二ヶ月ぶり。
事前に送られてきた手紙には精霊を召喚したと書いてあった。
二人のことだからきっと土か水の精霊に違いない。今日はお祝いだ。
今まで詫び石ならぬ詫び結晶として捧げてきた魔結晶の出番である。
まだまだ失敗も多いが、ルクスさんの特訓のおかげで一日に一個のペースで作れるようになってきた。
私の手元には水と土の魔結晶がそれぞれ二つずつある。
これが私からのお祝いの品だ。ちなみにルクスさんからは前回来た時以降に剝けた皮をあげる予定だ。
それからロイヤルミルクティーもご馳走したいのだとか。
イヴァンカが焼いてきてくれるパイと一緒に楽しめるよう、馬車が見えたら用意を始めてもらう予定だ。
外で魔結晶を作る練習をしながら、馬車が見えるのを待つ。
ルクスさんなんて、午後からずっとファドゥール領の方角を眺めている。
「来たぞ!」
その合図で私は屋敷内に走る。目指すはキッチンである。
「ロイヤルミルクティーの準備をお願い」
たったこの一言を告げるだけだが、ロイヤルミルクティーはルクスさんなりの親愛の証である。パイのお礼なのかもしれない。
「頼んできましたよ〜」
「そうか。なら屋敷の中で待つとするか」
「亀蔵、こっちおいで」
「かめぇ」
亀蔵を誘導しながら応接間へと向かう。
本当は部屋に連れて帰る時と同じく抱き上げた方が早いのだが、なぜかルクスさんが嫌がるのだ。だから亀蔵にはこうして歩いてもらっている。
そして当のルクスさんはといえば、私の腕の中に納まっている。
ソファに腰かければ当然のように私の太ももの上に座った。
亀蔵が来たばかりの頃は甲羅の上に乗ってばかりだったのだが、ちょうど魔結晶を作り始めた頃から私の腕の中に飛んでくるようになった。
理由を聞いても答えてくれないが、おそらく冷えたのだろう。
その頃から夜中に布団に潜り込んでくるようになった。毎日ではないが、無言でもぞもぞと入り込んでくる。
足元で寝ていたり、胸元で寝ていたり。かと思えば背中にへばりついていたり。
ドラゴンの生態はよく分からないが、何かしらの理由はあるのだろう。好きにさせている。
お父様が「また仲良くなっている……」とへこむようになったが、そこから目を逸らせば困ったことはない。
「ウェスパル、ルクスさん、遊びに来たわよ」
「ドラゴン用の石けんを作ってみたから試してくれ……って何か前会った時よりも距離近くないか?」
「いつも通りだ。気にするな。それより今日は何持ってきたんだ? 香りが違う」
「今回はスカビオ領からもらったラズベリーを使って、ベリーパイを作ったの。あとこの前のお礼にドライフルーツも持ってきたから二人で食べて」
「礼なら林檎をもらったぞ」
「それは皮の対価。これは精霊について教えてくれたお礼よ。まぁどっちも林檎だけど」
パイの入ったバスケットは使用人に託し、ドライフルーツの入った袋を渡してくれる。
袋には林檎の刺繍がされており、こちらも贈り物の一つらしい。
ルクスさんは私の手の中にある袋をひょいっと取り上げて、早速中からカットされた林檎を一枚摘んだ。
「美味いな」
「あ、早速食べてる! ズルイ!」
「ウェスパルも食えばいいだろう。ほれ」
下から差し出された林檎にあーと口を開く。
噛めば噛むほど広がる甘みに思わず頬が緩んだ。生もいいがドライフルーツもいい。
ルクスさんは再び袋に手を入れ、二枚目を口に運び始める。
すると足元から抗議の声が上がった。
「かめぇ」
「亀蔵も食べたいの?」
どうやら亀蔵も食べたいらしい。
魔力が主な食事の亀蔵だが、つい数日前に生の野菜や果物も食べられることが判明した。
私が目を離した隙に畑にいる大人達が餌付けしていたのである。
栄養にはならないらしく、人間で例えるところの煙草のようなものだが、欲しがれば少しあげるようにしている。
口元に運んであげると嬉しそうにもしゃもしゃと食べ始めた。
「あ、その子が噂の?」
「そう、亀蔵っていうの」
「カメゾウ……なんだか不思議な名前ね」
イヴァンカに言われて、そういえばガッツリ和名だなと気づく。
お父様もお母様も、畑にいる人たちですら誰も名前には突っ込んでこなかった。だがよくよく考えればこの名前は浮いている。
今からでも変えた方がいいかな?
亀蔵に視線を向けるが、亀蔵以上にピッタリと合う名前が浮かばない。
そもそも今さら変えても逆にどうしたのかと聞かれそうな気はする。
「亀蔵のままでいっか」
ポツリと溢せば、かめぇと返事が返ってくる。本人も気にいっているようだし、このままで行こう。
そう決めてルクスさんから袋を奪い取る。
「何をする!」
「これからパイもロイヤルミルクティーも来るんですから、残りは後で食べましょう」
「むぅ……」
私が亀蔵のことを考えている間にちゃっかり三枚目まで食べていたのだ。
ルクスさんはわざとらしく頬を膨らませてみせるが、これ以上を見逃すわけにはいかない。
紐をきっちりと締め、ポケットにしまい込む。
するとイヴァンカがクスッと小さく笑った。
「気にいってくれて嬉しいわ。また今度持ってくるから」
「本当か!?」
「ええ。そっちの亀さんも美味しい?」
「かめぇ」
亀蔵も林檎がよほど気に入ったようで、イヴァンカの足に擦り寄っていった。