20.魔結晶
名案を思いついた嬉しさで両手をパチンと合わせる。
折角育てていた複数の火の玉は消えてしまい、手のひらは少し痛い。ピリピリとする。やけどしたのかもしれない。
だが今の私には冷却よりもこの名案を誰かに伝える方が大事だ。
亀蔵の上でこちらを眺めていたルクスさんの肩をガシリと掴む。
「ルクスさん!」
「な、なんだ?」
「精霊召喚したいので付き合ってください」
「それは何のためだ?」
「そりゃあ成長が遅れがちな属性を底上げするためで」
そう告げると肌がピリピリとひりついた。
手のひらの痛みなんて比ではないほどの刺々しい空気である。
発生源はルクスさん。ギロリとこちらを睨んでいる。
どうやら私は彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「ウェスパル」
サルガス王子に向けたのと同じ、いやそれ以上の重低音に思わずその場に座り込む。服に土がつくのも気にせずに足は綺麗に畳んで背中はピンと伸ばす。前世ぶりの正座だ。
「精霊とは人間の欲を満たすための道具ではない。互いに尊重し合い、互いを高めるためのパートナーだ。思い通りに伸びない不満を昇華しようと呼び出すことは相手への冒涜にあたる。その辺りをあの二人は弁えていたと思うが、お前はどうだ」
「……自分のことばかりでした」
「自分よりも上手く魔法を操る相手が身近にできたことで焦る気持ちは分かる。たがウェスパルにはウェスパルのペースがある。属性が多い分、全てを活かすには縛りも生まれる。我はそれを存分に生かしてやりたいと考えている。だがその考えを十分に伝えず、急かすような言葉ばかりを向けてしまったことは詫びよう」
ルクスさんも私と同じように地面に座り込み、悪かったと頭を下げた。
「ルクスさんは悪くないです」
「ウェスパルを焦らせたことは我の責任だ」
「……安易に精霊召喚したいなんてもういいません。ルクスさんの言う通り、私の考えは精霊を馬鹿にしていました。ごめんなさい」
「分かればいいのだ。そこの魔結晶は精霊への詫びの品としてどこか見つけやすい場所にでも置いておいてやれ」
「魔結晶?」
魔結晶なんて初めて聞くワードだ。教本にも書いていなかった。
「そこに落ちているだろう。先程手を叩きつけた時に出来ていたぞ」
そこ、と指さされた場所には金平糖のようなものが落ちている。こんなものさっきまではなかったはずだ。
金平糖とは違い、でっぱりの部分は尖っている。
「あ、手が痛かったのってこれが原因か!」
拾い上げてみると、親指と人差し指をくっつけて作った円ほどの大きさしかない。
色は赤系。だが色鉛筆セットに入っているような色とは少し違う。
赤系統の色を混ぜた後のパレットというべきか。日にかざしてみると、赤色の奥にオレンジや黄色も見えた。
名前は魔石によく似ているが、魔石はこんな複雑な色はしていない。
「それは高濃度の魔力を結合させることで発生する結晶体だ。精霊の好物で、昔はよく錬金術師達が作っていたものだが、誰でも簡単に作れるようなものではない。焦らずともウェスパルは魔結晶が作れるくらいには強くなっているし、魔法の出力も安定してきている。自信を持っていい」
錬金術が滅びたと思われたことに加え、精霊召喚も廃れたことで、魔結晶の存在も忘れられつつあったといったところだろうか。
近くの石の上に載せ、パンパンと手を叩く。
「精霊さん、都合よく頼ろうとしてすみませんでした。これ、お詫びの品です。一個しかないけどみんなで分けてください」
通常、人間と契約していない精霊の姿を見ることは出来ない。
すでに精霊と契約している人なら見ることはできるらしいが、私は無理。
なのでここにいるかは分からないが、誠心誠意の謝罪を示す。
「火属性だけだと喧嘩するからな。他の属性も作ってやれ」
「でもさっきのは本当に偶然に出来たもので、作り方なんて分かりませんよ」
「我に任せるが良い。魔結晶作りは難しく、そう簡単に成果は出んがその分、いい練習になる。とりあえずはこれから一ヶ月で残り四属性分の魔結晶をそれぞれ一つ作るのを目標にするか」
「はい!」
休憩を挟みながら魔結晶作りを行う。
石の上に置いた魔結晶は気づけばなくなっていた。周りを見ても落ちていない。精霊が持ち帰ったようだ。
見えないけれど、確かに近くにいる。
彼らは普段から相棒にふさわしい人間を見定めているのかもしれない。




