17.新たな家族
「ところで相手が人間でも卵って産めるんですか? 殻の部分ってどうなるんです?」
「今それを気にするか?」
「だって人間は胎生。赤ちゃんは殻にこもって出てこないし、人間に卵を産む機能があるのかなって」
「人間が卵を産めるのかは知らんが、神の卵は神力を込めて生み出されたものであって一般的に産卵と呼ばれる、卵を体外に排出する行為は行わない」
「へ〜」
ルクスさんはユッサユッサと揺られながらも親切に神の卵について教えてくれる。
「じゃあパートナーが極端に幼かったり、かなり年でも大丈夫なんですね」
「孵化の条件さえ満たせれば種族や年齢・性別は関係ない」
「条件?」
「その卵を自らの子として認識し、パートナーの神と共に愛情を注いで温めること。これを満たせなければ卵は孵化することはない。また一度生み出した卵は神の力を以てしても消すことは出来ない」
まるで卵が親を選んでいるようだ。
『子ども』なんて言い方をしているが、神の力を注いで卵になり、神の力を受け継いで育っているーー神の分身体みたいな存在だ。より良い環境で育とうとするのは自然なことなのかもしれない。
神になった存在が子を成す方法は卵のみ。
愛するパートナーと共に死ぬためと解釈されることが一般的な『神の卵』だが、定期的に新たな身体に入れ替えることによって生物としての成長を図っているのかもしれない。
今まで神についての勉強はほとんどしてこなかったが、ルクスさんと暮らすのならある程度の知識は持っておいた方がいいか。初心者でも分かりやすい本がないか従兄弟に聞いてみることにしよう。
だが手紙を書くのは、絶望モードに入り出したお父様をこちら側に引き戻した後だ。
「認めたくないが、神の卵が孵化したとしてもおかしくはないほど二人は仲が良かった。そうだ、一緒に風呂に入っている時点で何もないはずないんだ……」
「何もないですよ。それに神の卵は神側の種族を引き継ぎます。もしも亀蔵が神の卵から生まれたのならドラゴンじゃないとおかしいんです」
「だがこんな魔物今まで見たこともない。それに今は亀のような見た目でも今後ドラゴンのような羽根が生えないとも限らない。第一、神の子でないというならこの力をどう説明するというんだ!」
やはり神の卵。神の子。王子なんかに気を取られているうちに…………と再びお父様が底なし沼へとダイブしようとしている。
「だから錬金獣だと言っているだろう」
「錬金術が滅びた今、魔核を作る方法がない。過去に作られたものが残っていたとしても、どこで見つけたというんだ。見つけたところでウェスパルにはそれを生かす知識がない」
「今回魔核となったものは錬金術で作られたものではなく、自然発生したものだ」
「自然発生?」
「洞窟の周りの石が長年、我の力を吸い込んで変化したものだと思われる。今回はウェスパルが土像を錬金獣化するだけで済んだが、影響を受けた物があると判明した以上、あの洞窟はしっかりと管理した方が良いぞ」
ルクスさんの言葉に、お父様は領主としての顔を取り戻していく。
首から下げたタオルで涙を拭い、スンスンと鼻を鳴らす。
「それをあなたがいいますか」
「しばらく封印されるつもりなどないのでな。我の力を悪用されても気分が悪い」
「近いうちに洞窟には結界を施すことにします。終わるまであなたとウェスパルも森への立ち入りを禁じます」
「うむ」
「それと、念のためもう一度聞きますが、そこにいるのはあなたとウェスパルの子どもでは」
「断じてない」
「そうか、良かった……」
ルクスさんの力強い否定に、お父様はホッと胸を撫で下ろす。
お父様にとっては魔核の自然発生よりも神の卵の方が重要らしい。良かった良かったと繰り返しながら、私達に背を向ける。
だがまだ亀蔵の飼育許可をもらっていない。
今を逃せば森に返して来いと言われかねない。安堵しきっている今がチャンスだ。畑に向かおうとするお父様の腕を掴む。
「お父様、この子をうちで飼いたいのですが」
「ああ、その亀な。偶然とはいえウェスパルが作り出したんだ。ちゃんと面倒を見てやりなさい」
緩みきった表情で「うん、亀だ。どこからどう見ても亀。良い亀だ」と呟いて、亀蔵を撫でる。
褒められた亀蔵は嬉しそうにかめぇと鳴いて、口から水を吐き出した。どうやら亀蔵は土属性だけではなく、水属性も持っていたらしい。
的になってしまったお父様の顔はびしょ濡れだが、本人は気にした様子はない。むしろ発された魔法が火ではなかったことに大喜びしている。
こうして亀蔵は無事にシルヴェスター家の新たな家族として迎えられたのであった。




