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49.手加減はしている

 マジックバッグに干し芋が入っていて良かった。週末に帰省した際、追加分をもらい、そのまま出すのを忘れていたのだ。それがまさか非常食として役立つとは思わなかった。


 袋から取り出して二、三枚ルクスさんに渡す。


「これでは足りんぞ」

「沢山あげても持てないでしょう。食べ終わったら追加で渡しますから」

「うむ」

「亀蔵とアカも一緒に食べよう。魔神さんと魔王さんもよければどうですか。うちで作った芋なんですけど。あとドライフルーツもいくつかありまして」


 ご飯を食べていないのは亀蔵も同じ。アカだってずっと飛び続けて、さぞお腹が減っていることだろう。干し芋とドライフルーツだけで心苦しいが、私達らしい組み合わせだ。


「もらおう」

「飲み物を用意いたします」

「我は牛乳がいいぞ」


 飲み物を用意してくれるという魔王にルクスさんは平然と注文する。自宅かのようなリラックス状態だ。魔神も「なら儂も牛乳で」と続く。魔王はペコリと頭を下げて去っていった。慣れているようだ。


 それからすぐに魔王は全員分の牛乳を持ってきてくれた。てっきり外に控えている使用人に運ばせるのだとばかり思っていたが、おかわりの入ったピッチャーから注ぐのも彼の役目だった。


「初めて食べるが美味いな」

「そうだろうそうだろう。我の土地で育ったものだからな。魔林檎もうまいのだぞ」

「精霊王のお気に入りに使われているっていうあれか。同じ土地で作っているワインもかなり美味いらしいな」

「お前も今度来るといい。国はもう残っておらんが、気のいい奴らばかりなのだ」

「なら今度、精霊王と一緒に行こう」


 干し芋と牛乳を両手に持つ二人はサクサクと予定を決めていく。始まりの神が三人も揃うなんて激レアである。イザラクが喜びそうだ。来る日が決まったらまたパンを焼いてもらおう。


 それからお父様達とお祖父様にも連絡して、ファドゥール家とスカビオ家にも話を通してもらわなければならない。


 ならついでにその時に私とルクスさんの入籍報告と、ルクスさんが邪神になった経緯も報告してしまえばいいか。


 辺境三領とヴァレンチノ家の他に、ロドリーにも声をかけよう。初めて外の土地でできた大切な友人なのだ。これからもずっと仲良くしていきたい。それからサルガス王子にも。


「では長期休みのスケジュールが決まったら連絡する。精霊経由で構わぬか?」

「ああ。待っておる。ところで干し芋はもうないのか?」


 魔神も干し芋を気に入ったようだ。

 マジックバッグから二袋ほど取り出して、スッと差し出す。


「よければこれを」

「催促したようで悪いな」

「いえ。今年の芋が採れたらまた持ってきますので」

「干し芋だけではなく、焼き芋も美味いのだぞ」

「そうか。それは楽しみだ」


 この時の魔神の笑みは今までで一番柔らかいものであった。彼もまた、ルクスさんを心配していた人の一人なのだろう。


 ルクスさんが精霊王の好物を知っていたことといい、逃げ込み先に魔神を頼ったことといい、始まりの神は一人だって世代交代をしていない。


 いつかルクスさんが戻ってくる日を待っていたかのように。



 アカに乗り、王都に戻る。

 今度はルクスさんも一緒に。だが疲れているらしく、私の腕の中ですやすやと寝てしまった。


 ヴァレンチノ屋敷に戻る頃にはすっかりと日が暮れていた。

 だが屋敷に照らされた銀色の髪は上空からでもよく分かる。お兄様は仁王立ちで私達の帰りを待っているのだ。降りなくても分かる。すっごい怒っている。


 今更ではあるが、帰りたくない気持ちが強くなっていく。

 それはアカも同じのようで、同じ高さで留まり続けている。だがそんな私達の悪あがきをお兄様が見逃すはずがなかった。


「早く降りてこい」

 腹の底からヒリヒリとするような声が空まで届いた。お兄様の声に、ルクスさんも飛び起きた。


 それを合図にアカはゆっくりと地上に舞い降りる。ルクスさんを腕に抱きながら降り、そのままアカの隣に並ぶ。


「遅い。アカが付いていながら何をしている」

「ごめんなさい」

「申し訳ありませんでした」

 私とアカは揃って頭を下げる。私はともかく、アカは巻き込まれた側だというのに、しゅんっと落ち込んでしまっている。


「アカは悪くないの! 悪いのは私で」

「ウェスパルにも言いたいことはある。だが二人は後だ。ルクスさん、何か言い訳は?」

「ない。不安に押しつぶされそうになった我の落ち度だ」

「そうか」


 それだけ告げると、お兄様は私の腕からルクスさんを引っ張った。そして思い切り地面にたたきつける。ドンッと大きな音を立て、地面はかなりへこんでしまっている。


「なっ!」

「今日はこれで許してやる。だが今度ウェスパルを捨てるような真似をしてみろ。鱗の一枚残さず塵にしてやる」


 地面にしゃがみ込み、へこんだ場所に向けて宣言をする。お兄様が背中を向けた後で急いでルクスさんを掘り起こす。


「大丈夫ですか! お兄様はなんてことを……」

「このくらいで済んだのはマシな方だ。あやつがドラゴンだったら我はこの時点で殺されている」

「え?」


 なぜここでドラゴンが出てくるのか。

 ルクスさんに付いた土を拭き取りながら疑問に思っていると、隣に控えていたアカが教えてくれた。


「ドラゴンの家族愛は生物一です。番から捨てられようものなら、親兄弟姉妹親戚に至るまで相手に制裁を加えます」

「でも私とルクスさんはまだ入籍していないんだけど」

「首筋を噛まれた時点で、すでにウェスパル様はルクス様の番となっております」

「あれ、寝ぼけていたんじゃなかったんですか?」


 ルクスさんを探しに行く前、お兄様は首筋がどうのこうのと言っていた。

 まさかドラゴンにとってそんな意味があったとは……。お兄様は知っていて、おそらくお父様もお母様も知っていたのだろう。知らぬは私だけ。


「あの日のウェスパルを放っておいたらどこかに行ってしまいそうだったからな」

「そういうことはちゃんと相談してください……」

「今後はそうする」


 噛まれた日のことはよく覚えている。

 何の夢を見ていたか、ずっと思い出せずにいた。けれどルクスさんが持ち出した本を読んで、ようやく思い出した。


 あれはゲーム版ウェスパルの夢。闇堕ちしたとされた彼女が龍神に縋った時の光景だ。ある意味、悪夢でもある。だから私はうなされていた。


 知らないうちに番にされていたことに対して言いたいことはあるが、あの場から救い出してくれたのはルクスさんだ。私は彼女と同じ道を歩まずに済んだのだ。

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