48.失踪理由
亀蔵と共にルクスさんがいるという、奥の部屋に進む。
例の部屋への行き方と同様に、幻影で作られた壁をすり抜け、ドアをくぐる。
私達を待っていたのは随分と年老いた魔人と、アカの数倍はあるドラゴンだった。こんなに大きなドラゴンを見るのは初めてだが、彼の鱗の黒さはこの数年で見慣れたものとなった。
「ルクスさん、いきなり居なくなったから心配したんですよ」
「我はもう戻らんぞ」
「この本を読んだから?」
マジックバッグから本を取り出す。するとルクスさんは目を大きく見開いた。
「……ウェスパルも読んだのか」
「はい。司書さんが貸してくれました」
「なら分かるだろう! 我はこれ以上、ウェスパルに嫌われたくないのだ。……このままもう一度封印されたいのに。なぜ追ってきたのだ」
頭からかぶりつきそうなほどの怒声から始まり、その声は徐々に小さく、元気をなくしていく。大きな身体からは想像も出来ないほど弱々しくて、けれどルクスさんの本心なのだろう。
あの部屋の本をいくつか私にも読ませたのはきっと、何も知らせないまま一緒に暮らすことを嫌ったから。それはルクスさんにとって、ルシフェルニーア神国の民達との暮らしを否定するものとなる。
優しい優しい神様で王様。
だから彼らはルクスさんの、ルシファーの幸せを願った。
私だってそうだ。
「嫌いになりません。あの本はルクスさんへの感謝と、未来の巫女への願いが綴られた本です。……嫌いになんてなれるはずないじゃないですか」
「言葉ではなんとでも言える。だが、神の卵が割れなければ、我は……」
「ルクスさんは子どもが欲しいんですか?」
「………………うむ」
長い沈黙の後でゆっくりと頷いた。
私との未来をそこまで考えていてくれたのか。不安にさせてしまったことが申し訳なく、同時に嬉しくもある。
離れた距離を大股で詰め、ルクスさんの鱗を撫でる。
「なら私も子供を産みます。子どもが生まれる確率は二倍に増えますよ。卵から生まれてくる子供も兄弟がいたら嬉しいと思いますし、私も家族は多い方がいい派なので。といっても学生の間は難しいので、卒業まで待ってもらうことになりますけど」
するとルクスさんの隣に立っていた魔神はお腹を抱えて笑い出した。
「ふっ、っ、す、すごいな。ルシファーの番は。肝の据わり方が今まで見てきた神の番達とは比べものにならん」
ヒーヒーと声を上げている。
そんな魔神に、ドア付近で控えていた魔王が追い討ちをかける。
「魔王を素材として見ている人間ですからね。普通じゃないです」
その言葉でますます魔神の笑いは勢いを増していく。涙まで流し、完全にツボに入ってしまっている。亀蔵はこてんと首を傾げ、アカは力強く頷いている。
そしてルクスさんはといえば、キョトンとした顔で私を見つめていた。まだ不安に思うところがあったのかもしれない。ルクスさん一人で不安を抱え込ませるつもりはない。今のうちに聞いておかなければ。
「それだけじゃ足りませんか?」
「その発想はなかったと思ってな」
「え、一人っ子の方がいいですか? でもうちにはすでに亀もホムンクルスもいるので、完全な一人っ子というのは……」
「なにも、神の卵にこだわることはなかったのか……」
ああ、そういうことか。
神の卵は神と番の愛の証明みたいな意味合いを持つ。けれど卵から子どもが生まれたからといって、二人の間に百パーセントの愛があるとは限らない。あくまで伝承だ。
無事に子どもが生まれた神と、子を授からなかった神と、その周りの人達が伝えてきた言葉に過ぎない。まだ神の力を引き継ぐタイミングではなかっただけかもしれないし、卵側が働きたくはないと生まれるのを拒否した可能性だってある。あとは単純に孵化のための温度が足りなかったとか。
なにせ生まれるタイミングが決まっていない謎の卵なのだ。本当に二人の愛だけで孵化するとは限らない。卵を孵化させられた神は死ぬことが出来るという情報だって、神にも死が存在したといってしまえばそれまでだ。
なにより、この世に絶対なんてものはない。
「私はルクスさんと一緒に死ぬことにこだわりはないです。私の死後も生きていたら、子ども達やその子ども達を見守っていてください」
「それは我が嫌だ」
「死ぬ・死なないはまだまだ先のことですし、家族計画は気長に考えましょう。という訳でまずは入籍と卒業からしましょうか。ほら帰りますよ」
ルクスさんの大きな身体をペチペチと叩く。するとぐるるるるるるると大きな音がした。鳴き声ではない。ルクスさんの腹の音だ。
「私、今、結構大事なこと言ったんですけど」
「そんなことを言ってもだな。我は昨日の夜以降、何も食ってないのだ」
「私だって朝食も食べずに探してたんですけど……。とりあえず干し芋食べます?」
「さすがはウェスパル。用意がいいな!」
ルクスさんは芋芋〜と上機嫌で小さくなっていく。身体の大きさは自在に操れるようだ。魔界まで自力で来たのだろう。夜中のうちにいなくなったのは私に気づかれないための他にも、闇に紛れることが出来るからか。
いくら王都の人たちがレッドドラゴンが空を飛ぶ姿を見慣れているとはいえ、別の色のドラゴンが上空を飛べば騒ぎになる。なんだかんだで冷静な判断を下していたのだ。
さすがに食べ物までは気が回らなかったようだが。




