46.魔界へ
「お兄様は分からない。けど、イザラクは他の女性と共にウェスパル達を倒していた」
「あり得ない! 俺がそんなことをするはずがない」
「私も不思議に思ってた。でもイザラクはウェスパルを助けるために、彼女の存在がなかったことにさせないためにそうしたんだと、私は思う」
先ほど司書から受け取った本を読み、その気持ちは確信へと変わった。
闇の巫女がルクスさんの封印を解くことが叶わなかった理由は、光の巫女達が妨害し続けたため。
彼女達は知っていたのだ。
闇の巫女は龍神の封印を解いた後、死草発生まで時間を戻すつもりだったことも。それを実行すれば闇の巫女の身体は負荷に耐えきれず、過去に戻る際、存在自体がなかったことになることも。
ゲーム版のイザラクがこのことを知らない可能性は高い。
けれど従姉妹のことを大事に思っていた彼は、ウェスパルの異変に気づいていたのだろう。目の前にいるイザラクが私とルクスさんの異変に気づいていたように。
イザラクと繋いだ手はぷるぷると震えている。
俯き、涙が溢れるのを必死で堪えている。
「泣かないで。これは私の中にあった記憶でしかないの」
「でも、ウェスパルを不安にさせた」
「イザラク……」
言うべきではなかった。
イザラクを不安にさせてしまったことを反省する。
けれど私の謝罪の言葉よりも先に、イザラクは大きな声で宣言する。
「だから今ここで誓う。俺はどんな理由があろうともウェスパルの味方であり続ける。けど、出て行った理由によってはルクスさんの敵になる。例え地の底に逃げたとしても逃がしはしない」
「ありがとう、イザラク」
優しい優しい、私の大事な従兄弟。
私が信じたルクスさんを一緒に信じて、何かあった時には怒る約束をしてくれる。
イザラクと一緒に本を読み返していると、窓の外から大きな羽音がした。
本を閉じ、マジックバッグにしまう。ルクスさんと話し合うにはこの本が必要だと思うから。バッグを肩から提げ、胸の前の紐を握る。
「行ってきます」
「うん、気をつけて」
階段を降り、アカの元へと駆ける。
お兄様は乱れた髪をかき分けて、使用人から現状報告を受けている。かなり急いできてくれたようだ。
「お兄様!」
「ウェスパル、ルクスさんが裏切ったって本当か?」
「裏切ったんじゃなくて、朝起きたらいなくなっていたの。書き置きもなくて……」
「それを裏切ったというんだ。首筋まで噛んでおいて」
お兄様は心底恨めしそうに歯を噛み締める。今にもギリリと音が聞こえてきそうだ。
ルクスさんが寝ぼけて私の首を噛んだ翌日、噛み跡がルクスさんのものだと聞いた途端にお兄様は興味を失っていた。だが私にはそう見えただけ。このタイミングで引き合いに出す程には印象に残っていたようだ。
「で、でも行き先に心当たりがあるから! アカにはそこに連れて行ってもらいたくて……」
「そうか。なら俺も行く」
「ううん。お兄様はここにいて。ルクスさんが帰ってきたら何が何でも捕まえておいて」
お兄様が来たら話し合いでは済まない。顔を見た途端に殴りかかりそうな勢いだ。それに行き先が魔界だと知ればどうなることか……。ルクスさんがボロボロになる未来しか見えない。ここはなんとしても残ってもらわねば。
「だが!」
「お願い」
深くは告げず、お兄様に縋り付く。じいっと見つめ続けると、深いため息が降りてきた。
「……分かった。無理はするなよ。アカ、ウェスパルを頼んだ」
「かしこまりました」
「ありがとう、お兄様!」
お兄様に感謝のハグをして、アカの上に乗る。空高く飛び上がり、西側に向かって直進してもらう。
魔界の場所はギルドで買った地図にも載っていた。強い魔獣が多く生息しているので、ここの近くには立ち入るなとの説明付きで。それを見ながら案内をしていく。
「それで山を越えたあたりで左に曲がってもらって」
「そろそろ行き先をお教えいただいてもよろしいでしょうか」
「そうね。なら魔王の元へ」
「……なぜ彼がそこにいると思うのですか」
アカの息を呑む音が聞こえたが、行き先が魔界であることには驚かないらしい。さすがはお兄様と各地を回ったドラゴンだ。真っ先にアカを頼った私の選択は正しかったというわけだ。これから共に魔王城に突入する仲間に今後の予定をざっくりと伝える。
「いるかどうかは分からない。けど魔王なら何か知っているかもしれない。知らなかったら素材を持ち帰って、捜索用のアイテムを作るわ。魔王城なら高品質な素材も沢山取れるでしょ」
「主が聞いたら卒倒するでしょうね」
「黙っていたのは謝るけど、今から帰るなんて言わないでね?」
「人間と契約しようとも、私はドラゴンです。ドラゴンの神のためなら主からのお叱りも甘んじて受けましょう」
「その時は私も付き合うわ」
アカは何度か魔界に行ったことがあるらしい。魔王城を訪ねるのはさすがに初めてだと笑っていた。私だって魔王城に行ったことなんてない。知っているのはそこに魔王がいることと、ゲームで描かれていた城内くらいなものだ。




