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44.龍神ルシファー

「これは寄せ書き?」


 多くの声を目で追いながら捲っていく。

 全体の半分ほど読み終わると、見たことのある文字が続くようになった。レシピを残した錬金術師の文字だ。


 そこにはルクスさんが、龍神ルシファーが邪神になった理由が書かれていた。


「こんなことって……」


 かつてルシファーは大地を焼いた。

 その理由は人間を、愛した民達を助けるため。


 シルヴェスター・スカビオ・ファドゥールの三領はかつてルシファーが治めていた国の一部だったのだ。


 龍神ルシファーは神の中でも人好きとして有名で、人間達も彼を愛した。ルシファーと彼が愛した人間達はやがて一つの国、ルシフェルニーア神国を作った。


 平穏な日々が続いたが、ある日、とある病が流行した。


 初め、人々は病を治す水に頼った。

 今までどんな病でもたちどころに治っていたからだ。だが一向に良くならない。


 友好国であった隣国、ジェノーリア王国の薬学にも頼った。だが人や動物、植物に至るまで生命を食いつぶすその病を止めることは出来なかった。


 沢山の命が朽ち果てていくのを神であるルシファーは見ていることしか出来なかった。


 原因がとある植物だと判明した時には、すでに国中に植物が繁殖した後だった。


 民達は、これ以上被害を増やさないようにと土地ごと焼き払ってくれと神に祈った。


 自分達はそうすることしか出来ぬのだと。せめて今、病魔から逃れている家族だけでも救いたいのだと。ルシファーは人々の気持ちを汲み、泣きながら地を焼いた。


 そう、これが死草の始まり。

 ギュンタの命を奪おうとしたあの草は、ずっとずっと昔にルクスさんの前にも現れたのだ。


 ルシファーは自らを信じてくれた民達を救えなかったことを恥じて、神格の剥奪を希望した。神であれば死ぬことが叶わないからだ。


 だが仲間の神達も神格を剥奪する術を知らなかった。だから彼は邪神を名乗り、神格が剥奪されたと自称した。他の神達もそれで納得した。


 光の巫女の声さえも彼には届かなかった。

 それどころか彼はわずかに残った自国に封印されることを望んだ。


 神格が剥奪されないのであれば、信仰を失えばいい。神だと信仰する者がいなくなればいずれ神格は剥奪される。神でさえなくなれば寿命が発生する。


 愛した土地と共に、徐々に死んでいくことを望んだのだ。


 ルクスさんのことだから、自分が悪役になることで残った民達に変な噂がつくことを防ぐ狙いもあったのだろう。


 泣く泣くルシファーを封印した光の巫女は、龍神に関する情報を消し去った。そして残された民達はルシファーを神と呼ぶのを止めた。


『あなたが自らを邪な神と呼ぶのなら、我らは王と称えよう』

『どうか自らを責めないで欲しい』

『いつか再び笑える日まで我らはあなたに尽くしましょう』


 彼らにとってルクスさんは神様なんて遠い存在ではなかったのだ。とても身近にいる大切な相手。自責の念を持って塞ぎ込む彼を見つめることしか出来ないことが苦しくて堪らないのだと、いくつもの叫びが聞こえてくる。


 光の巫女にとって、ルシファーを封印することこそが愛だった。けれど闇の巫女はそれに納得しなかった。


 自らの身を呈してでも彼をもう一度神として愛そうとした。


 他の民だってとても悩んだ。けれど封印を解いたとしても彼自身が納得することはないのだ。自分達の声では届かない。もっと自分を責めるだけ。


 国の大半が焼け、多くの家族や友を亡くした。親しかった隣国に吸収され、愛した国さえもなくなった。それでも彼らはその場所を離れることはしなかった。


 彼が死にたいと願うのならば、その身が朽ち果てるまで見守ろうと。


 やがて彼らは役割ごとに居住区を分けるようになった。


『守りのシルヴェスター・薬学のスカビオ・食のファドゥール。三領は最期のその時まで共にあり続ける』


「ウェスパルはこれを見て死草を焼くことを思いついたのか……」


 ルクスさんがウェスパルに手を貸したのは、かつて国民達を救えなかったと悔やむ過去の自分の姿と重なったから。


 ウェスパルもルクスさんも悲劇の主人公にはならず、悪役の道を進むことを選んだ。


 何とも悲しい物語である。


『私は巫女達のような力はない。全てを作り出せるとさえ謳われた錬金術師はあまりに無力である。だからこそ後世に言葉を、希望を託すことにした。どうか我々の王を、悲しき神を助けて欲しい』


 本の最後に書かれていたのはいつかこの本を手に取る誰かへの願い。


「助けられるかどうかは分からないけど、話は聞かないと」


 ルクスさんはこの本を見て何を思ったのか。

 なぜ私の前から姿を消したのか。


 聞きたいことが沢山ある。

 助けるなんてカッコいいことは言えない。私は物語の主人公ではない。悪役令嬢だ。


 万能な力なんて持ってない。

 けれど邪神と呼ばれたルクスさんとこの先も生きる覚悟はある。


 シルヴェスターの人間は執着が強いのだ。

 そうでなければ何代にも亘って芋しか育たない土地で暮らさない。


 ウェスパルの望みは判明した。

 ルクスさんがウェスパルに手を貸した理由も、邪神になった経緯も分かった。


 残すは魔王ただ一人。

 最後の鍵を握っているのはやはりあいつだ。


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