43.失踪
「くわぁよく寝た」
昨晩、お風呂上がりに芋プリンを食べ、すぐに寝た。色々と考え込んで頭がぐるぐるとしていたが、一度寝たらスッキリとした。
学園から帰ってきたら、次はルクスさんが読んでいた本を読もう。
「そういえば今日のおやつについて決めてませんでしたね。何がいいですか? ……ってあれ?」
毛布をペラリと捲ったが、ルクスさんの姿がない。足元にいるのかとそちらも確認したがやはり見つからない。
「ルクスさん〜、ルクスさ〜ん」
声をかけながら部屋の至る所を探す。トイレやキッチン、ダイニング、お風呂まで覗いた。けれどそのどこにもルクスさんはいなかった。
昨日の様子がおかしかっただけに、気持ちばかりが焦る。
「ウェスパル、どうしたんだ?」
階段から降りてきたイザラクに駆け寄る。
「ルクスさん見なかった?」
起きてきたばかりの彼は知らないとは思うが、聞かずにはいられない。私の様子に、異変を感じ取ったようだ。イザラクの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「一緒じゃないの?」
「昨日寝る時は一緒だったんだけど、起きたら姿が見えなくて……。探してるんだけどいないのよ」
「ルクスさんが一人で屋敷の外に出るとは思えないけど……。どこかで芋を食べてるとかは?」
「私も普段ならそう思う。けど昨日のルクスさん、ちょっとおかしかったから」
「学園にいた時は普通に見えたけど、その後のこと?」
「うん。図書館で借りてきた本を読み始めてから……そうか、本! 本にヒントがあるかも! ちょっと確認してくる」
一方的に話を切り上げ、階段を駆け上がる。そのまま自室に駆け込み、机に積んだ本を確認した。
「あの本だけない……」
けれどルクスさんの読んでいた本だけ見つからなかった。マジックバッグや本棚、ベッドサイドなども探したがやはり見つからない。
ルクスさんが持っていった? なぜ?
大事なことが書いてあった??
私に知られるとまずい内容??
自問自答を繰り返す。
だが答えを知っているルクスさんもヒントとなる本もない。完全に行き詰まってしまった。
だがここで止まるつもりはない。
昨日辿り着いたばかりの推測を確実にするためにはルクスさんが大きく関わっているような気がする。
そして謎を抱えているのはもう一人いる。
魔王だ。彼とルクスさんはどんな関係なのか。私は自分の代わりにルクスさんを闇に落とすつもりなど無い。急がないと。
「ウェスパル、どうしたんだ!?」
「ねぇ、イザラク。魔獣を愛でる会の人に連絡って取れる?」
「えっと、本部の場所なら知ってるけど」
「悪いんだけど、今から本部に行ってシルヴェスターに手紙を飛ばしてもらえるように頼んできて」
「え」
「ルクスさんが失踪した。捜索にアカを借りたい」
アカが来るまで待っていられない。
以前実家に帰った際、魔獣を愛でる会にはシルヴェスターまで手紙を届けてくれる魔獣がいると聞いた。アカよりは時間がかかるが、メモ書き程度なら一刻もせずシルヴェスターに届くのだと。
「それはいいけど、ルクスさんはアカに乗るほど遠くに行ったとは思えない」
「私もあそこにいるとは思いたくないよ。思いたくないけど……。とりあえずルクスさんが持っていった本が何の本か聞いてくる!」
アカに連れて行ってもらいたいのは魔界だ。真っ先にそこを確かめなければならない。魔界には足を運んだことはない。行くこともないと思っていた。だがルクスさんが魔王と手を組むという最悪の結果を否定してしまいたい。
イザラクの「せめて着替えていきなよ!」という言葉を無視して馬車に乗る。御者は目を丸くしながらも学園に向かって馬を走らせてくれた。
そのまま一直線で図書館へと向かう。
開館時間よりも早い。けれどドアは開いていた。入り口から入って正面の椅子には緑髪の司書が腰掛けている。彼は私の足音に気づいて視線を上げ、そして笑顔で歩み寄ってきた。
「ウェスパル様、今日はどうなさいましたか」
「あの部屋にあった本のことで聞きたいことがあって。表紙が擦り切れた本なんですが」
このくらいの、と手を使ってサイズを表してみる。すると彼は悲しそうに視線を落とした。目にはうっすらと涙が溜まっている。
「今日、あの方は一緒ではないのですね」
「あの方?」
「我らの王です。民達の声は、彼に届かなかったのでしょうか」
「王? 民?」
「……あなたはご存じではないのですね」
一体彼は何の話をしているのか。
けれど彼の心からの問いかけに、私は本の話をしにきたのだと主張することは出来なかった。
ああ……ああ……ああ。
司書は小さく首を振り、はらりはらりと涙を溢す。
「王がお伝えにならなかった言葉を、錬金術で作られた物でしかない私がお伝えするのは非常に憚られます。けれど私は知って欲しい。マスター達、ルシフェルニーア神国で生きた民達の残した言葉を」
力強い言葉と共に彼はジャケットから一冊の本を取り出した。ルクスさんが読んでいた本よりもボロボロで、中に集められているのは多くの叫び声だった。




