40.石鹸の使い方
パッションピンク王子の謎宣言から数日が経った。
その後も亀蔵への熱い視線は感じるものの、隠れてコソコソと観察するようなことはなくなった。
「亀蔵君、よかったらこれ!」
「かめぇっ」
「か、かわいい」
代わりに亀蔵を全力で推すようになったが。
数日に一度は貢ぎ物をし、その度に水鉄砲という名のファンサを求めるような視線を送るようになった。今もかなり大きな魔石を亀蔵に貢いでいる。
いや、彼だけではない。
パッションピンク王子が顔面に水鉄砲を受けたという話は瞬く間に広がり、自分も自分もとアピールしてくる生徒が出てきてしまっている。
もっとも亀蔵ファンはしっかりと規律が整っているため、私達の迷惑にならない程度に収まってはいるのだが。
「ウェスパル。おやつだ。おやつ」
すっかり見慣れてしまった光景を横目に、ルクスさんは今日のおやつを要求する。両手を左右に開き、翼も少しだけ動いている。
早く早くと急かすのは、今日のおやつがマフィンで、その中には小さくカットしたシルヴェスターの芋がたくさん入っているから。登校前に焼いてからずっとたべるのを楽しみにしていたのだ。
「はいはい。今用意しますから。先に手を拭いておいてください」
「うむ」
私のお弁当と一緒に用意する間、ルクスさんには濡れタオルで作ったおしぼりを渡しておく。
しっかりと手を拭いたのを確認してから、マフィンを二つ渡した。ルクスさんはそれを大事そうに抱え、大口を開けてかぶりついた。
「ふまい」
「それは良かったです。亀蔵もせっかくだからもらった魔石食べようか」
「かめぇ」
今しがたパッションピンク王子が貢いだ魔石の他にも、今日だけで五つの魔石を受け取っている。どれも土もしくは水の魔石であり、亀蔵に貢ぐために冒険者を抱えた生徒もいるのだとか。
そんな背景もあるので、もらったその場で亀蔵にあげてしまうことがほとんどだ。ただし量も量なので亀蔵がお腹いっぱいになってしまうこともあり、そういう場合はお昼か翌日に回している。もちろん相手に食べるタイミングを伝えるのも忘れずに。
すでにパッションピンク王子の後ろには、亀蔵のお食事待ちの生徒が壁を成している。
最前列は今から亀蔵が食べる魔石を用意した人。一昨日魔石をプレゼントしてくれた統計学の先生が慌ててやってきたのを確認し、亀蔵に魔石をあげる。
「亀蔵、美味しい?」
「かめ……」
「どうしたの?」
なんだか今日は元気がない。朝にもらった分は普通に食べていたのに、お腹がいっぱいなのだろうか。見守っている生徒や先生も期待の眼差しから一転して心配そうに眉を下げている。
するとルクスさんが亀蔵の言葉を翻訳してくれた。
「最近美味しいものをたくさん食べているから、他のやつにも分けてやりたくなったそうだ」
「この前会ったから?」
「そうかもしれんな。亀蔵は一番年上で責任感が強い」
シルヴェスターを発つ前に亀達にも魔結晶を残してきた。また日頃のご飯はお兄様やお父様が確保している。王都に来た帰りに少し遠回りをして、魔物を討伐しているのだとか。
なので心配はいらないのだが、毎日のように高品質な魔石を貢がれては申し訳なさが募ったのだろう。うちの亀蔵は本当にいい子なのだ。思わずウルっときてしまう。
「亀蔵、あやつらへの土産は我とウェスパルと一緒に亀蔵が確保するのだ」
「かめぇ?」
「今度の休みに自慢してやるといい」
「かめっ!」
ルクスさんの説得に亀蔵も納得してくれたようだ。ご機嫌で魔石を食べ始めた。その姿に周りの人たちは感動している。
「そういえばシルヴェスターには他にも亀がいるって聞いたことがあるぞ」
「仲間を思いやって落ち込む亀蔵様……レアだ」
「なんとお優しい」
「かわいい」
彼らから少し離れた位置から、鉛筆が凄まじい速さで紙を走る音がした。デッサン隊の人達だ。瞬き一つしないので少し怖い。だが描いているものはなんとなく分かる。そしてこの絵もまたお父様に送られるのだろう。邪魔するのも悪いので、見ないふりをする。
亀蔵の食事も終わり、感動で震える彼らが去っていくのを見送る。その後で私もゆっくりと食事をとることにした。すると近くに座っていた脳筋ズの目がきらりと輝いた。
「ウェスパル殿、ウェスパル殿。実は我々も最近スカビオ家の石鹸を使い始めまして。婚約者にも贈り物をしたばかりなのです」
「そうしたら婚約者からウェスパル殿はどんなものを使っておられるのか聞いてきて欲しいと言われたのです」
「サラサラ髪の秘訣を是非!」
「石鹸、ですか?」
三人揃って「はい!」と元気のよい返事を返してくれる。これが聞きたくて、亀蔵の食事が終わるのを待っていてくれたらしい。だが私は彼らの欲しがる答えを有していない。
「私はいつもギュンタがくれたものを使っているので、自分ではあまり意識したことがなくて」
たまに違う香りも使ってみよう、と二つ目に手を伸ばすくらい。効果についても私の髪質についても、私よりもギュンタの方がうんと詳しい。だからずっと任せっぱなしになっている。ルクスさんの石鹸もそうだ。
力になれなくて申し訳ない。ペコリと頭を下げると、ギュンタがお弁当を持ってこちらへと移動してきた。
「ウェスパルとルクスさんの石鹸の調合は昔から俺が担当しているんです」
「ギュンタ殿が?」
「ノルマンド商会で扱ってもらうようになってから領全体で作るようになりましたが、元々は俺が一人で作っていたので」
その言葉に、三人がプルプルと震え始める。
「もしや不動の一位、クリスタル石鹸もギュンタ殿が?」
「はい」
「薬学だけではなく、石鹸開発の天才だったとは……」
「同じ石鹸でも香りや形、色が違うから集めたくなるのだと。クローゼットに入れておくとほのかに香りがついていいのだと。俺と揃えた石けんを婚約者はとても喜んでくれた」
「もしや君が最近いい香りなのは!」
「婚約者と揃いの石鹸をクローゼットに入れている」
「なっ!」
前世でもクローゼットや箪笥に石鹸を入れている人はいた。好きな香りの石鹸を買って入れておくと、服を着るたびにほんのりと香り、テンションが上がると熱弁されたこともある。
ドラッグストアで少し香りの強めの石鹸を買ってもいい。小中学生でも気軽に出来るオシャレでもあるのだとか。これこそ女の子からほんのりとする石鹸の香りの正体なのではないかと思っている。
まさか脳筋ズの一人がそんな使い方をしているとは思わなかった。




