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39.ご当地アイドル 亀蔵

「本当は神格を失っておらず、他の何かしらの理由で封印されていて、とっくにそれは解けているのではないか。そして彼は神の子を産み、第二世は人間と混じった。その子供こそがダグラス=シルヴェスターなのではないかと!」

「いささか飛躍しすぎでは?」


 お兄様がかなりのイレギュラーなのは認める。だが龍神ルシファーはパッションピンク王子に呆れた目を向けているルクスさんである。世代交代もしていなければ子どももいない。


 警戒した相手がしょうもないことを言い出したせいで、ルクスさんは皿を見つめながら「こんなことなら味わって食えば良かった……」と落ち込んでいる。


 可哀想だが、元々は一人で食べてしまったルクスさんが悪い。大人しく一人一つで納得しておけば私の分を分けてあげられたのに。


 お茶を注ぎ、これで我慢しなさいと視線を送る。彼はガックリと肩を落とし、ちびちびと飲み始めた。


「その考え方だと私も龍神ルシファーの血を継いでいることになりますが」

「ああ、そうだ。兄の方がより濃く能力を受け継いだのだろう。古き神の血を引いているのなら獣神の子を下したのも納得だ」

「いや、あれは普通にシロが負けただけで」

「それに君だってドラゴンと番っているではないか。まさかすでに子どもを産んでいるとは思わなかったが。神の血を引いているなら最高に可愛くて強くても納得ができる」

「亀蔵は産んでません!」


 亀蔵から邪神認定を外してくれたのは嬉しいし、亀蔵は我が子同然ではある。ルクスさんと番になっていると勘違いされたのもまぁよしとしよう。


 だが産んではいない。そこのところは間違えないでほしい。声高に否定する。

 けれど思い込みの激しいパッションピンク王子は一人でウンウンと頷いて勝手に納得している。


「かなり若くして産んだことを隠したい気持ちは分かる。だが私は君達の関係を否定しない。今日はそのことを伝えに来たんだ」

「だから誤解だって言ってるじゃないですか」


 すっっっっごく突飛なことを言っている自覚を持ってほしい。冷静になってくれ。そして私の話を聞け!


 向けられているのが敵意ではない以上、一国の王子の胸ぐらを掴んで揺さぶるわけにもいかない。どうしたものかと考える。すると足元でおやつを食べていた亀蔵がトタトタと歩き出した。


「亀蔵? どうしたの?」

 亀蔵は私の声に反応することなく、早足で机の反対側、パッションピンク王子の元へと行ってしまう。


 慌てる私とは正反対に、パッションピンク王子の表情はゆるっゆるである。亀蔵のファンであることはこの顔を見れば一目瞭然。


「私に何か用かい?」

 亀蔵に少しでも視線を合わせようとその場にしゃがみ、声をかけた時だった。


「かーーーめぇっ!」


 亀蔵が勢いよく水を噴射した。いきなりのことにパッションピンク王子は後ろに転げてしまった。ポカンとした表情で空を見つめた彼はパチパチと瞬きをする。すぐに正気に戻った彼は立ち上がり、濡れた髪をかきあげる。


「すまない。興奮しすぎていたようだ。困らせて悪かったな」

「はぁ……」

「亀蔵君も。お母さんをいじめて悪かったな」

「かめっ!」

「だから母親じゃないんですってば」

「俺はどちらでもいい。最も強い反応が確認できた相手が人間であったことから、これ以上詮索するつもりもない。ただ、亀蔵君にも神の力が宿っていることだけは確かだ」


 パッションピンク王子はそれだけ告げると踵を返し、校舎へと戻っていった。


 本物の邪神がいる以上、詮索しないでくれるのは嬉しい。

 亀蔵の目はルクスさんが封印されていた洞窟付近にあったもので、以前ルクスさんが神の力が云々かんぬんと言っていたような気がする。彼が確認した神の力とやらはおそらくそれだろう。


 だがひとつだけ言いたいことがある。


「お兄様から反応が確認されている時点で、その道具壊れているのでは??」

「うむ。ウェスパルの兄はかなり変わっているが、ただの人間だ」

「かめっかめかめ〜」

「そうだな。あやつなら上手くやり過ごすだろう。いざとなったらシロを盾にするなりしそうだな」


 亀蔵とルクスさんの言う通り、お兄様なら神の血を引いていると勘違いされたところで困ることはないだろう。焦っているお兄様が想像できない。ファンクラブの方々が騒ぎそうではあるが、それも含めて上手くやってくれるはずだ……多分。


「誤解を正すのが面倒だから、シロを獣神にしてその力だって言い張ったりして……自分で言っててなんですけど、本当にありそう」

「あり得るな」

「かめっかめ!」

「そうね、神様でもシロはシロだね」

「我からすれば何も変わらん。それより腹が減った。少し早いが昼食にしよう」

「さっきあれだけ食べたのにまだ食べるんですか?」

「厄介な奴の相手をしてたら腹が減ったのだ」

「仕方ないですね」


 そう言いながら、実は私もお腹が減っていた。鞄からお弁当を取り出し、ルクスさんにもサンドイッチを渡す。私もひとつ、とかぶりつく。


 するとこちらに猛ダッシュしてくるサルガス王子の姿が見えた。

 もぐもぐと口を動かし、空になったのと同時に、サルガス王子が目の前に到着する。上がった息を整え、そして大きく宣言した。


「ロナルド王子は決して悪い人ではないんだ!」


 開口一番のセリフがこれと言うことは、髪を濡らしたパッションピンク王子を目撃したのだろう。ロナルドって名前だったんだと変なところを気にしていると、サルガス王子はあわあわとし始めた。


「彼はその、なんというか、こうと決めたらまっすぐに進むたちで。疑いの目を向けるうちに亀蔵の魅力に気づきだしたと言うか……」


 どうやらサルガス王子は細かいところまでは聞かされていないようだ。『シルヴェスター家、ルシファーの血を引いている説』はあまりにも突飛なので、私から伝えることもないだろう。


 今は亀蔵のことを心配してくれているので、そちらのフォローをしておかねば。


「あ、はい。彼が亀蔵ファンなのは前々から薄々気づいてはいたので。さっきも顔面ゆるゆるでしたし、亀蔵には紳士的でしたよ」

「本当か? 次に会っても殴らないで欲しい」

「殴りませんよ。失礼な人ですけど、直接何かされたわけでもないですし。さっきだって亀蔵が水をかけただけです」

「亀蔵が……だから顔が赤かったのか。なら良かった」


 なるほど。私がついに彼を殴ったと思ったから、サルガス王子はこんなに慌てていたのか。亀蔵がやったと聞いた途端に胸を撫で下ろし、ホッとしている。


 パッションピンク王子にとって、あれはファンサみたいなものだ。亀蔵は神様でも、神の血を引いてもいないが、ご当地アイドルのような存在ではあるのだ。


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