36.胸騒ぎ
「心配しすぎよ。それよりお父様もお兄様もパッションピンク王子のことは知っていたのね」
「ああ、入学前に陛下から話は聞いている。それに愛でる会からの定期報告書が送られてくるしな」
「報告書?」
「毎週、週の真ん中になると魔獣が封筒を届けてくれるんだ」
「魔獣が……」
「魔獣を愛でる会の会員は各地にいるから、連絡を取るために郵便に特化した魔獣を何体も抱えているそうだ。普段シルヴェスターに来る魔獣は中型だが、小さなメモ程度なら小型の魔獣の足につけて飛ばせるらしい」
魔獣を愛でる会が抱えている魔獣は皆、ゼッケンをつけているようで、遠目からでも所属が分かる仕組みになっているようだ。
それにしても指示を出す人間がいない状態で行き先を間違えずに配達するなんて、よほど賢くなければ不可能だ。
亀蔵も一人で芋畑に向かうことは出来るが、各家に配達をするのは無理だと思う。距離が長く、目的地の範囲が狭いほど難易度は増していく。
魔獣を愛でる会は私が思っているよりも凄い集団なのかもしれない。
「急用がある場合は遠慮なく使ってほしいと言われている。何かあった場合はウェスパルも頼るといい」
「あ、はい」
アカがいるので頼ることもないと思うが、念のため覚えておこう。
「デッサンも綺麗だぞ。亀蔵のものがほとんどだが、ウェスパルとルクスさん、イザラクが映ったものもある」
お父様がポケットから取り出したのは数枚の便箋。綺麗に畳まれたそれを開いて見せてくれる。手紙と重ねられていたのは学園でも何度か見せてもらったことのある絵だった。
亀蔵以外の絵は初めて見た。人物画もここまで上手いとは。肖像画として使えそうなレベルだ。
これは便箋と同じ紙質だが、それこそキャンバスにでも書けば……。いや、すでに彼らが描いた亀蔵の肖像画は魔獣を愛でる会会長の部屋のどこかに飾られているのだろう。
「ねぇ、お父様。この全員で写っている絵、ちょうだい。小屋に飾っておきたくて」
「いいぞ。フレームもあるから後で持っていこう」
「ありがとう」
「絵といえば、魔獣コンテストには出場するのか? 確かそろそろだったよな?」
「はい。亀蔵もやる気ですよ!」
以前お父様が亀蔵と共に参加した時のコンテストも長期休み終了直前に開催されていた。実家に帰る学生達に考慮しているのかもしれない。
魔獣を愛でる会の人達が地道にチラシに配っていることや、スケジュールのこともあり今年は生徒の参加も多くなりそうだと教えてもらった。
「シロとアカはどうするのだ?」
「時間が被ったらウェスパルの活躍が見られないから止めておく」
「同時に何人もが行うんですか?」
「ああ、そうだ。特に戦闘は近くの会場全てを使うから、時間が被ると見られないことが多いんだ」
「なるほど」
「心配だったら今回もお父様が亀蔵と一緒に出てくるぞ!?」
「不要だ。我が指示を出す」
ルクスさんがお父様の希望を一刀両断する。ずーんと肩を落とすお父様には悪いけれど、土魔法学の授業で亀蔵と一緒に頑張っているのはルクスさんだ。色々とやりたいことがあるのかもしれない。
それから夕方までぐるぐるぐるぐると釜をかき回し続け、大量の魔結晶を作った。お兄様がアカに、お父様がイザラクとお祖父様と亀蔵に声をかけてくれている間に、魔結晶を属性ごとに分けて瓶に詰める。
今回は大きめのから小さめのまで幅広く用意した。それらをまとめたボックスをマジックバッグにしまう。
これで長期休みまでは安泰。
クァルファル村の精霊に追加でたんまりと魔結晶をあげるようなことがなければ、だが。
マジックバッグを肩から下げ、ルクスさんを腕に抱く。
「備えあれば憂いなしとはいえ、出来ることなら備えたものを使いたくはないんだけど……」
「何も悩むことはない。報告があれば以前と同じことをする。ただそれだけのことだ」
「ルクスさん……」
私にはルクスさんがいる。それにギュンタの時とは違い、今回は事前に『死草』と名前を出して探してもらっている。被害が出る前に焼くことだって出来るかもしれない。万が一の時には『ギュンタ印の飲める温泉回復剤』だってある。私が作った不味いものではなく、ギュンタが改良したものが。
だから大丈夫。
そう思いたいのに、まだ何かありそうな気がしてならないのだ。この胸のざわめきは一体何なのだろうか。




