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31.ダグラス事件①

「ルクスさん、週末シルヴェスターに帰りましょう。魔結晶の補充がしたいです」

「そろそろ芋畑の様子も見ておきたいしな」

「明日来た時にアカに伝えるとして。イザラクとギュンタとイヴァンカも帰るかな」

「学園に行った時に声をかけてみればいい」

「そうですね」


 夕食時、イザラクに今日の討伐と一緒にドライフルーツの話をする。その後に週末の予定とお誘いをすることにした。


 忙しいかもと思ったが、イザラクの返事は非常にシンプルだった。


「行く」

 即答である。迷う余地すらなかった。

 それどころか「お祖父様も行くっていうかもしれないから聞いていい?」とまで尋ねるほど。


 アカがいることもあり、馬車を少し走らせたところに美味しいお菓子屋さんが出来たくらいの気軽さだ。そしてその軽さはフットワークにも反映し、デザートを食べ終わってからすぐにお祖父様の書斎へと向かった。


「お祖父様も行くって」

「分かった〜」


 私とルクスさんが食後のミルクティーを啜っている間にお祖父様の同行も決まったのだった。



 この時の私はまだ、翌日の学園であんな事件が起こることなんて想像もしていなかったのである。



 学園中を震撼させる事件が起きたのは一時間目の授業でのこと。

 二時間目の教室に移動する際、いろんな人からの視線を感じた。亀蔵のファンや、ルクスさんに貢ぎ物を渡すタイミングを窺っているとかではなく、居心地の悪いもの。


 一時間目の授業が終わるまではいなかった、コソコソと内緒話をしている生徒が気になってしまう。初めはほんの一部の生徒だったのだがどんどんと伝播していく。授業が始まる前には、教室中の生徒達が私を見ている気がした。


 イザラクはギロリと睨むが、ルクスさんは大欠伸をして眠ってしまった。

 がっつり私の身体に張り付く形になっているので、守ろうとはしてくれているのだろう。……眠気が勝っただけで。


 イザラクという絶対的な味方がいたとしても、この居心地の悪さと胸の気持ち悪さが消えることはない。


 二時間目が終わる頃には私のメンタルはボロボロになっていた。そして亀蔵と会えなかった先生の背中にも何かがズーンとのしかかっている。


 ルクスさんが警戒していないとはいえ、こんな状況で亀蔵を出せるはずがない。


 週に一度の近距離観察の場がなくなってしまった先生には悪いが、仕方のないことだ。私だって出来ることなら部屋に閉じこもってやり過ごしたい。


 けれどこの状況が今日からスタートして続いていくものならば、今こそが踏ん張り時だ。イヤイヤだろうとあと少し我慢すれば単位が取れるのだから。全出席で、課題も全て出しているのだ。無駄にしてなるものか。



 半ば意地のようなものでなんとか昼まで耐え切った。いつもの場所にはまだ私達しか来ていない。椅子に座って大きなため息を吐く。


 やはり辛いものは辛い。六年前のことがフラッシュバックしないだけマシだが、噂話だなんだのに揉まれた経験値が圧倒的に足りない。


 前世で培った経験値は転生時にリセットされていたのだろうと、改めて理解する。


「……温室万歳」

「ウェスパルは温室に行きたいのか? 公爵家でも作ろうか?」

「ううん、大丈夫」


 私が言っているのは温室育ちの方。イザラクの想像しているようなものではない。


 私だって甘やかされて育った自覚はあるのだ。

 だがぬるま湯環境大いに結構。優しい環境に浸っていたい。


 再び大きくため息を吐くと、頭上から声がした。


「ならスカビオ領の新たな施設か?」

「サルガス王子……今日も元気ですね」

「健康状態に問題はないが、なぜウェスパルはそこまで疲れているんだ?」

「私は悪意に慣れてないもので」

「悪意?」


 こてんと首を傾げるサルガス王子は悪意になんて慣れっこなのだろう。

 なんといっても王子様だ。しかも兄王子は優秀で、弟王子も最近体調が落ち着いてきている。


 二回も婚約者変更があり、ここ数年は辺境暮らしだった。突かれそうなポイントは両手で数えられないほどある。それでも全く表情には出さない。


 私にはとても出来ない芸当をやってのけるのだ。

 そういうところは尊敬するが、自分も身につけたいとは思わない。


 王都の貴族に、スカーレット家の令嬢に転生していたらと思うとゾッとする。


「何かあったのか?」

「二時間目が終わってから、ずっと変な目で人に見られてばっかり。理由もわからなくて」

「ああ、それならすぐに理由が分かるぞ」

「どういうことですか?」

「来た来た」


 来た? どういうことだ。

 サルガス王子の視線の先にはシェリリン様とレミリアさんがいた。周りの視線も気にせずに楽しそうにおしゃべりをしている。


 シェリリン様も何度かこの場で食事をしたことがある。ゲーム版シェリリン=スカーレットのように身分差別もない。


 だが二人の関係は知り合い程度。仲がいいという訳ではなかった。


 何か一気に距離を詰めるようなことでもあったのだろうか。


 仲がいいことは良いことである。ズーンと落ち込んだ気分も少しだけ軽くなる。

 と、同時に彼女達の背後から脳筋ズが駆け寄る姿が見えた。


 周りの生徒のことなどお構いなし。勢いよく走ってきた三人は皆、爛々とした目を向けている。


「シェリリン嬢、レミリア嬢!」

「是非我々も話に混ぜてください」

「熱いスピーチも聞かせていただきたい!」


 三人の声はよく通る。

 今日は興奮しているのか、いつにも増して力強い声だ。


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