21.図書館のホムンクルス
「どうしました」
「なぜホムンクルスがここにいる」
「え、ホムンクルス? どこです?」
錬金術師は私以外にいない。最後にいたのは三百年前。
その頃の錬金術師がホムンクルスを作ったというのか。
ホムンクルスは錬金術の英知を詰め込んだものだ。
偶然完成させてしまった私が言うのもなんだが、そう易々と作れるようなものでもない。ましてやこの学園に入り込むほどのレベルとなれば。
ぐるりと見回すが、辺りにいる人達は生徒ばかり。いくらホムンクルスが人間と同じ見た目とはいえ、少しは違和感が残っているはずだ。ホームズ一家がほむほむとしかしゃべれないように。
けれどそれらしい人が見つからない。
「どこにいるんですか」
「正面にいるだろう。緑の髪の」
「冗談、ですよね」
「冗談なんて言うか。あれは間違いなくホムンクルスだ」
私達の目の前にいる緑髪はただ一人。私が確認にきた司書である。サポートキャラがホムンクルスだったというのか。
だがルクスさんの声は至極真面目で、彼自身も相当驚いているようだ。なにかブツブツと呟いている。
なぜだ。なぜそんなキャラ付けをする必要がある。
もしも彼が隠し攻略対象キャラだとしたら分かる。真相に近づいたことで人外や特殊な仕事についているキャラの攻略が可能になるということは、乙女ゲームで度々目にしてきた。
乙女ゲーム以外でも似たようなことはある。例えば明らかに不思議な立ち位置のキャラが、特定の条件をクリアすることで仲間に出来るようになる、とか。
大抵そういうキャラは他のサブキャラとは少し浮いていて、他とは違う、プレイヤーの興味を引くような何かを与えられている。
『サポートキャラの司書は、実はホムンクルスだった。三百年前を最後に生まれることのなくなった錬金術の英知。いわば遺物に近い存在である』
簡単にまとめるだけでも隠しキャラ感がプンプンと漂ってくる。
第一部・第二部はサポートに徹していても第三部こそはちょっとしたエピソードやエンディングが用意されていそうなものである。
だが彼に関するエピソードは何もない。
ホムンクルスだという情報も一切出てこなかった。こんなに美味しい情報なのに。ファンだっていたのに。
サポートキャラでありながらも攻略対象者達を担当したイラストレーターさんに担当されているのだ。顔立ちも整っており、ファンだっていた。
隠しエピソードがランダムで発生するのではないか。
その可能性を確かめるべく、ターンが切り替わるごとに彼の元を訪れたプレイヤーだっていたほど。
なのになぜ。
目の前の現実よりも、前世の公式の行いに衝撃を受けている。
私は彼に入れ込むことはなかったが、推していたプレイヤー達がこの事実を知ったらきっと運営にメールを送りまくること間違いなし。第三部のシナリオは無理でもグッズにはなったかもしれない。既存イラストのアクリルスタンドとかなら行けたと思う。
いや、シナリオ終了後に実はホムンクルスで~って情報を出されても困るけど。
ホムンクルスどころか錬金術師のところから匂わせておけよと突っ込みが入りそう。シナリオに組み込もうとして組み込むタイミングがなかったとかかな。
第二部はかなりシナリオ暗めだし、第三部もルートによっては暗い。
それにシナリオライターさんを筆頭に、このゲームの制作陣はかなりシナリオに入れ込んでいたはず。グッズの売り上げよりもゲームのシナリオバランスを優先させた結果なのかもしれない。
乙女ゲームでありながら、攻略対象者とプレイヤーに多くの傷を残してきた制作陣だ。
無駄だと感じれば切り捨てそうな気がする。
冷静に考えなくとも厄介な乙女ゲームの悪役令嬢に転生したものである。
考え込むルクスさんは俯き、厄介な世界に転生したことを再認識した私は遠くを見つめる。
すると緑の髪の司書が作業を止め、私達の元へとやってきた。
「あのぉ」
「あ、すみません。邪魔でしたよね」
私達は図書館で非常に浮いていた。しかも突っ立っているのはカウンター付近。完全に邪魔だ。すぐに退きます、と喉元まで出かかった。
「ウェスパル様とルクス様ですよね。お待ちしておりました」
「え」
「さぁこちらへ」
彼はにこりと微笑み、右手で奥の部屋を指す。一体あの部屋に何があるのか。職員専用のスペースではないのか。
固まって考え込む私の腕からルクスさんはスルリと抜け出した。自分の羽をパタパタと動かしながら司書の後についていく。
「待ってください」
何がなんだか分からない。けれどルクスさんが行くなら、と私も早足で彼らの後に続いた。
通された部屋はただの休憩室。机の上には飲み物やお菓子が置いてある。けれど彼はそのまま足を止めることなく、何もないはずの壁に進んでいく。
ぶつかるかと思いきや、彼の身体はすうっと飲み込まれていく。まるでそこには壁なんてないかのように。遅れて、これも幻影かと理解する。ルクスさんの服と一緒。
よく出来た魔法は本物とは見分けがつかないものである。幻影だと気付いても怖くて、両手を前に伸ばす。そしてゆっくりと、もし壁でもぶつからないようにおずおずと進んでいく。
幻影の壁を通り過ぎた先にあったのは木で出来たドアだった。かなり古いものなのか、ドアを引くと小さくギィィと音を立てる。
木のドアの先にあったのは大量の本だった。
本なら図書館にいくらでもある。なぜ彼は私達をわざわざこんなところに案内したのか。
その答えは司書自らが教えてくれた。




