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3.食べ慣れたものが良い

「うむ。美味いな」

「林檎のジャムもあるぞ。亀蔵にはカットした林檎を」

「かめぇ」


 昨晩、林檎の酵母が出来たとの知らせを受けた。

 今日は朝から外でイザラク特製林檎酵母パンをご馳走になっている。


 精霊王への捧げ物も別に用意してあるのだとか。

 部屋に置いてきたそうなので、今頃この辺りに住んでいる精霊達が王の元へと運んでいることだろう。


 淹れてもらったロイヤルミルクティーを飲みながらほおっと息を吐く。


「それはファドゥール産か?」

「我が家で使う林檎は全てファドゥール産。ジャムだけではなく、酵母もファドゥールの林檎を使用している」

「ならもらおう」

「ルクスさんって産地にこだわりあったんですね」

「美味さが違う。他を食べる気にはならん」


 ルクスさんははっきりと言い切った。気持ちは分かる。


 私も昔からファドゥールの林檎を食べて育った。他の産地のものを食べたことがない訳ではない。


 お茶会でも何度か林檎のおやつが出されていた。普通の林檎も魔林檎も。

 でもどれもしっくりこなくて、他の場所で採れた林檎はかれこれ何年も食べていない。


「林檎もそうだが、魚もファドゥールのものとこの辺りで流通しているものとではまるで違うんだ」

「そうなの!?」

「知らなかった?」

「お肉しか食べたことなかったから」


 ヴァレンチノ公爵屋敷に最後に来たのは五年前。お兄様が学園に入学する少し前のこと。


 その前にも何度か足を運んだことはあるものの、毎回並ぶのは同じものばかり。どれも私とお兄様の好物だった。


 てっきり歓迎の意味を込めて選んでくれているのだとばかり思っていたが、そんな背景があったとは思わなかった。


 イザラクも気にしたことはなかったようで、驚いている。


「確かにうちで食べたのは指で数えられるほどだったな……。お祖父様が嫌がるんだ」

「私が知らないだけで味が違うものって多いのかな。今まで社交に出てもそんなことなかったのに……」

「王都だと各方面から食材が入ってくるから、その影響もあるのかもしれない」


 お祖父様も隠居するまではほとんどシルヴェスターで過ごしていたと聞く。

 根っからの辺境暮らし。私とルクスさん同様に、あの土地の料理に慣れている。


 若い頃から外に出れば慣れることは出来たのだろうが、年を取ってからではなかなか慣れることは出来なかったのだろう。


 いや、若い頃から外に出ても慣れたいと思うかはまた別か。

 私はあの味から離れようとは思わない。あの味こそが故郷の、私を育んでくれた土地の料理だ。


 シルヴェスターに限らず、他の二領も故郷愛は強い人が多い。適応するのはなかなか難しいのかもしれない。


 お兄様が度々抜け出していたのはご飯もあるのかな、なんて今さらながらに思う。



 パンにジャムを載せてかぶりつく。ふっかふっかで、食べ慣れた味が口いっぱいに広がっていく。


「……学園のご飯って決まったものが出されるの?」

「食堂かカフェでお金を払って注文するか、お弁当持参か選べたはずだ。といっても弁当は平民が食費を抑えられるようにといったもので、貴族のほとんどは前者だが」

「弁当一択だな。一食だって口に合わん飯は食べたくない」

「ですね。自国内で食のカルチャーショックとか受けたくないですから」

「なら俺も弁当にするかな。ダグラス兄さんが食堂は人が多くて嫌になるって言ってたし」

「王都は人が多いのよね……」


 スカビオとファドゥールも数年でかなり人が増えた。だが王都はその比ではない。三領合わせても王都の人口には勝てないのではないかとさえ思う。


 面積はどこか一つ分くらいしかないのに、人口密度が高すぎて嫌になってしまう。


 しかも三領で過ごしている間はどこを見ても知り合いしかいなくて誰もが親切だったのに対して、外は知らない人ばかり。


 悪意を向けられたら、なんてもうそんな心配をするほど弱くはない。

 その悪意が私以外の、ルクスさんや亀蔵、イヴァンカやギュンタに向けられたら即臨戦態勢に入ることだろう。


 それでも出来れば争いたくないし、嫌だなぁという気持ちがなくなる訳ではない。



「亀蔵のことを考えると、食事くらいはやっぱり外の方がいいわよね」

「授業中はほとんどハウスの中だろうからな」

「かめええ!!」

「なら敷物も用意させておこう」

「ごめんね。色々頼んじゃって」

「こんなの迷惑ですらないよ。ダグラス兄さんの時もそうだけど、お祖父様が来たばかりの頃も屋敷で出す料理がかなり変わったんだ。といっても当家の使用人は辺境三領の出身者かその身内しかいないから皆喜んでいるみたいだが」


 お兄様もお祖父様も自由すぎる。

 それほど二人にとって耐えがたいことがあったということなのだろうが。


 幸い、イザラクもヴァレンチノ公爵家の人もさほど気にしていないようだ。

 慣れているのだ。そうでなければお兄様がシロを召喚した時やアカを連れ帰った時に辞めてしまっていることだろう。


 いや、稀にとはいえ、こういうことがあるからヴァレンチノ家の使用人は三領の出身者で固められているのかな。肝の強さが違う。



「あ、話変わるんだけど」

「何?」

「王都のギルドにお兄様と仲の良い冒険者がいるって本当?」


 王都に来る少し前のこと。

 お兄様から『王都のギルドに行くことがあったらとある冒険者パーティーを頼るように』と言われた。


 お兄様が信頼出来る・親切な人達と言い切るほどの人物。

 てっきりライヒムさんのような友人かと思ったが、一緒に行動していた訳ではないのだと。それでもいい人達だとお兄様は繰り返し強調した。


 自分の手が貸せないような緊急時でも、あの人達ならウェスパルを任せられると。


 シルヴェスターのような辺境出身者でかなり肝が据わっている人か、よほどの変わり者の二択だと思っている。


 前者ならいざという時のために今から会っておきたいが、後者なら可能な限り手を借りたくはない。


 ゲームではそんな人いなかったから少し警戒してしまっている。

 けれどイザラクは「アンドゥトロワさんだね。うちでも何度か仕事を頼んだことあるよ」とあっさりと教えてくれた。


「どんな人達なの?」

「真面目で堅実で、お人好しな人達かな」

「……そんな人がどうやったらお兄様と仲良くなるの?」

「何度かアドバイスしてもらったってダグラス兄さんが言ってた」

「アドバイス……」


 ライヒムさんもいい人だとは思う。ロドリーの兄だし。

 それでもお人好しだから一緒にいた訳ではない。あの人は戦闘を楽しむタイプの人で、いわば同類だ。


 しかもアンドゥトロワなんて適当な名前を付けておきながら、真面目で堅実……。

 余計にお兄様とどんな関係なのかますます分からなくなる。


「詳しくは聞いていないけど、いい人達だよ。冒険者に仕事依頼をした時に、指名依頼をするなら彼らだと勧められるくらいには」

「ギルドからも信頼されているのね。それは信頼出来るかも」

「心配だったらダグラス兄さんが来た時に一緒に行ってみれば?」

「それもそうね」


 私達が王都に来てから二週間が経ったが、ほぼ毎日アカが来ている。

 お兄様を乗せてきたり、お父様を乗せてきたり。かと思えばアカだけで来てお祖父様を乗せて行ったり。


 三日ほど前、お父様に「ホームズ一家の誰かを乗せても良いか? 私達がいけない時の伝言や遠方への採取を頼みたいのだが……」と聞かれた。彼らが嫌がらなければと許可を出したので、後々ホームズ一家の誰かがアカに乗ってやって来るのかもしれない。



 週末や錬金釜が使いたくなったら帰ってくるといいと言われている。

 暇なのかと喉元まで出かかったが、多分心配してくれているのだろう。


 謎の冒険者を頼れと言うのもその一環で。過保護すぎるほどに過保護なのだ。


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