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2.林檎酵母

「パンみたいだ」

「パンを作ったことあるの?」

「以前読んだ文献に神にパンを捧げたという記述があって、林檎酵母から作ってみたんだ」

「パンを捧げるって珍しいね」

「そうなんだよ! 大抵野菜とか果物、酒あたりで料理を捧げた記録はほとんどない。ルクスさんやシロが普通に食事していて驚いたくらいだ」

「でも食べないとお腹が空くでしょう?」

「いや、神に食事は必要じゃない。彼らにとって大切なのは信仰と畏怖。捧げ物というのはそれを具現化した結果に過ぎない。神がそれを受け入れることもあるが、大抵はそのまま残る。だからすぐに腐る料理を捧げられることはあまりないんだ。ということで当時のレシピで何日保つか検証してみた」


 前世で神様への捧げ物といえば、野菜・果物・お酒・落雁・おまんじゅうあたりである。

 後ろの二つは調理してあるものとはいえ、賞味期限は長かった。特に落雁。パンは長く保つ方なのかな?


「何日くらい保ったの?」

「消えた」

「シロがいる時に作ったの?」

「一度は。だがシロが帰った後にも何度か作っている。どこに置いておいても一晩経つと必ず消えてしまったんだ」

「何回作ったの?」

「二十は作っているかな」


 多過ぎる。なぜイザラクはそんなに平然としているのか。


 神様関連とはいえ、よくめげなかったな……。我が従兄弟ながらにびっくりである。


「それはイザラク一人で?」

「ああ。文献には最初から最後まで一人で作るようにと記されていた」

「その神様って精霊王?」

「記述には精霊神とあったけど、同一の神のはず」

「……最近身体のどこかに不思議な模様が浮き上がってたりしない?」

「は?」


 消えるという言葉から思いつくのは魔結晶であり、林檎を使った料理を捧げると聞いて思い出すのはイヴァンカの作ったアップルパイである。


 そして関わっているのはやはり精霊王。精霊神とも呼ぶその存在は林檎好きで、イヴァンカの時同様にイザラクのことも目をかけてくれているのではないか。


 だがゲーム内のイザラクは無事に入学を果たすし、今だってピンピンとしている。どういうことか。私の知らない何かがあるのか。


 眠っているルクスさんをゆっさゆっさと揺らす。


「ルクスさん、起きてください」

「なんだ、もう出来たのか?」

「まだですが、パンが消えた謎について聞きたいことが」

「パンが消えた?」

「はい。イザラクが林檎酵母のパンを作ると消えるらしく。もしかして精霊王の好物なんじゃないかなって。ほらイヴァンカの時はアップルパイでしたし」

「そういえば一時期よく食べていたような……。だがそやつに加護はない。あればすぐに分かる」

「じゃあ何か問題が!」


 幼馴染み二人の死亡フラグ? を回避した後に今度は従兄弟が事件に巻き込まれるなんて笑えない。


 私はあの二人の死亡を回避して、ウェスパルの闇堕ちを回避して、それで卒業後に全員で笑い合いたいのだ。


 何かしらの原因があるなら速攻で潰さないと……。

 焦る私に、ルクスさんはなんてことない言葉を吐いた。


「自分への捧げ物だと勘違いしているだけじゃないか?」

「そんなことってあるんですか?」

「作り手に信仰か畏怖があれば可能だ。それでも同じ者から頻繁に捧げ物を受け取るということは普通はないが、よほど美味かったのだろう。加護はないが、何かあったら手は借りられるだろうな。そんなに美味いなら我も食べたい」

「十日くらいかかるけど大丈夫?」

「構わぬぞ。先に揚げスイートポテトを食べる。早く食べたい」


 遠回しに早くスイートポテトを作れと言われ、おやつ作りに戻る。


 生地も寝かせ終えたので、四等分してから棒状に細く伸ばす。そこから数センチ間隔でカット。麺棒を使って平たく円状に伸ばしていく。


 ここまで来たら完全に餃子の皮である。

 厚さは自由だが、あまり薄いと揚げた時に生地が破れてしまうのでほどほどにしておかなければいけない。油の中で破れると大惨事になるので注意しよう。


 生地に先ほど作った中身を詰め、ひだひだに包んでいく。全部包み終わったら鍋に油を入れて加熱。熱くなったらスイートポテトとアップルパイを投入する。


 きつね色になったら引き上げて完成だ。


「ルクスさん、出来ましたよ。こっちが芋で、そっちが林檎です」

「おお、美味そうだな」

「熱いからやけどしないようにしてくださいね」


 ルクスさんが手を伸ばしたのは揚げスイートポテトの方だった。

 アップルパイは少し冷ましてからでないと舌がやけどする。なので手を洗ってから私も揚げスイートポテトの方を手で摘まんだ。


「それは手で食べるのか?」

「フォークだと穴が開いて食べづらいの」

「そうか。なら俺も一つもらおう」


 イザラクも一つ摘まむ。

 亀蔵には揚げ物をあげて良いのか不安だったので、残った林檎をカットしてあげることにした。



 大量に揚げて残った分はこの場所を作ってくれたお礼として伯父様に渡すことにして、お皿に盛り付ける。


 せっせと洗い物をしていると、聞き慣れた音が遠くから聞こえた。音がする方向に目を向ければ、上空には綺麗な赤がぽつんとあった。こちらに向かって移動してきている。


 今日もお兄様はアカと共にやってきたらしい。

 屋敷前に着陸したのを確認してから彼らの元へ行く。けれどアカの上から降りてきたのはお父様だった。


「お父様、なんでここに!?」

「婚約解消の手続きをするために。それで亀蔵は?」

「かめぇ!」


 言葉通り、手元には大きめの鞄を持っている。

 この手の書類は大体郵送するものだが、うちにはアカがいるので乗ってきた方が早いのかもしれない。


 それにしても私が承諾してから一日しか経っていない。王都に来てすぐに呼ばれることも、私がどんな返事をするかも分かっていたのだろう。


 お父様は亀蔵をひとしきり撫でると屋敷の中へと入っていった。


 とりあえず昨日のお礼もかねて、長距離を飛んできたアカにも揚げスイートポテトと揚げアップルパイをごちそうするのだった。


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