25.ギュンタの湯治とまっずい薬
「受け取ってくれ!」
死草事件から三日後。
クマが薄くなったギュンタが大量の感謝の品を持ってきてくれた。
一年使い続けてもまだまだありそうな量の石けんやハーブ、錬金術に使えるかもしれない薬草まで。思いつく限りを持ってきてくれたらしい。
「ちゃんと休んだんだろうな?」
「ああ、久々にあんなに眠れた。これは元々あった分。本当は新しく作り直したかったんだけど精霊達が休めってさ」
ギュンタの言葉に合わせて、精霊達は彼の頭の周りでくるくると回り始める。
しっかりと監視役を務めてくれたらしい。私もお礼と一緒に魔結晶を渡しておく。今後の賄賂は大切だ。
「それで、実はルクスさんにお願いがあって」
「なんだ?」
「ドラゴンの吐く炎が死草の除去に有効だという論文を発表したいんだ。ルクスさんは元々知っていたみたいだから話を聞きたいなって……」
「やめろ」
「だがこの先も同じようなことが起こるかもしれないし、記録を残すべきじゃ」
「全てのドラゴンの炎が有効なわけではない。それに有効だったとして、プライドの高いドラゴンがすんなりと協力するとは思えん。最悪、頼む際に殺される」
「それは……」
死草は有名な研究者でも頭を抱える問題である。ここで論文を出せばきっとこの先沢山の人が救われる。
もしも本当にドラゴンの吐く炎が有効ならば。
だがルクスさんは邪神といえども神様なのだ。ゲームシナリオでも神様の力を借りることで撃退出来るものと伝わっているとされていた。
それが今回も適用されたに過ぎないのだ。
だがルクスさんはあのルシファーであることはギュンタにも伝える事は出来ない。
それが歯がゆくもある。
「生き残ったのはそれがお前の運命だったからだ。お前が人や精霊との縁を大切にする人間だったからこそ、救われた」
「そうか、俺は生かされたんだな。ならこれからももっともっと研究に励んで、多くの人を救えるような薬を作らなきゃ」
「お前の人生だ。好きに生きるがいい」
「ありがとう、ルクスさん、ウェスパル」
ルクスさんは運命なんてたいそうな言葉を使ったけれど、運命なんかじゃないことは彼だって知っているはずだ。ギュンタの運命はもっと残酷なもので、精霊とルクスさんがそれを阻止した。
死んでほしくない。
その気持ちが運命をねじ曲げたのだ。
まだ完治とはいかないが、ギュンタは今までのように笑えるようになった。
そのことが嬉しくてホッと胸をなで下ろす。
「だが頑張るのはしっかりと治ってからだ。ウェスパル、あの薬をギュンタに渡してやれ」
「あの薬って、めっちゃ不味いやつですか!?」
「ああ。回復効果はあるんだろう?」
「あると思いますけど、すっっっっっごく不味いですよ……」
ルクスさんが言っているのは『やる気の出るドリンク』のような何かだ。飲む温泉を目指して作ったもの。
薬草の苦みとえぐみと温泉のよく分からないエキスと土みたいな何かが混ざってカオスな味になっていたため、お蔵入りにしたほど。
飲んだ後、身体は軽くなるが、あまりのまずさにメンタルに打撃を受ける。
そんな薬をギュンタに渡せと言うのか。鬼の所業だ。
私にはそんなことは出来ない。無理無理と首を横に振る。
けれどルクスさんの意思は変わらない。
「いいから飲ませろ。内側と外側から回復させる必要がある。外側は温泉でどうにかなるが、内側は普通の回復薬では足りんのだ」
「ウェスパルさえ良ければ譲ってくれないか?」
「ギュンタまで……。分かった。不味いから覚悟して飲んでね」
前置きをしてからギュンタにあの薬を渡す。全部で五本。
ギュンタはそのうちの一本を景気よく飲み干した。まぁちびちび飲むよりは一気に済ませてしまった方が良いのだろう。
「おえっ」
ギュンタは口を押さえ、目は潤んでいる。ここまで不味いものだとは思っていなかったらしい。
それでもコクコクと頷いているあたり、回復効果はあったようだ。
急いで水差しから水を注いだコップを差し出す。
「ゆっくり飲んで」
「あいがほお」
それから水差しいっぱいの水を飲んで、ようやくギュンタはまともに話せるようになった。
「ここまで不味いとは思わなかった……。ウェスパル、レシピを聞いてもいいか?」
「いいけど、どうするの?」
「改良する。効能は良いから、味のほうをどうにかしたい」
「その薬は錬金術で作ったものだ。ただ調合してもその通りのものは出来ぬぞ」
「薬の調合には自信があるんだ。残っている四本以外飲むつもりはない。絶対美味いものを作ってみせる」
効果はあるが、それ以上に不味い薬はギュンタの薬師魂に火をつけたらしい。
私も美味しいものが出来たら嬉しいので、喜んでレシピを書いて差し出す。ルクスさんもお前なら出来ると背中を押す。
「だがその前に温泉だ。毎日ちゃんと浸かりに来るのを忘れるなよ」
「ああ。使わせてもらうよ」
それからギュンタは毎日温泉に浸かるようになった。
湯治というやつだ。そして毎回あふれ出ている温泉を持ち帰る。
そして宣言通り、あの薬を飲み終わった日に美味しく飲める回復アイテムを完成させた。
それも自分で飲むだけではなく、冒険者にも売り出せるよう、より大量生産出来る薬草を使えるように改良した。
ただでは起きない男。それがギュンタだ。
レシピと温泉提供のお礼として、定期的にシルヴェスター家に持ってきてくれるらしい。
「美味しいですね」
「ああ、これは良い。牛乳で割ったらもっと美味しくなると思うのだが」
「今日はもう二杯も飲んだでしょう。だめです」
ルクスさんもギュンタ印の薬には大満足である。
ただ二つだけ不満がある。
この薬の名前は『ギュンタ印の飲める温泉回復剤』と全ての要素を繋ぎ合わせたような名前なのだ。もっとマシな名前にはならなかったのか。
しかもラベルの下に『フェンリルが掘った温泉の湯を使用』と赤字で記載してある。まぁ良い売り上げになるようなので良いけれど。シロもお兄様から褒められて嬉しそうだった。
そしてもう一つの不満というのが、牛乳と割ると美味しい味になること。温泉上がりに飲むとそれはもう美味しいのである。
ギュンタが持ってきてくれるのは原液で、通常は水で割ってから瓶に詰める。だがルクスさんはこれを牛乳で割りたがる。兄とシロ、アカもそう。
酒で割るよりはマシなんだろうけど。
おかげで我が家の牛乳消費量は一気に増えた。入荷量を大幅に増やしたが、足りるかどうか……。
ギュンタの湯治が終わったのは、ひと月が経った頃のこと。
あのまっっずい薬とその後の薬の効果もあり、無事完治した。
まさか彼が死草に冒されていただなんて誰も思うまい。知っているのは三領の領主とその妻、そして私とルクスさんだけだ。
イヴァンカにも伝えていない。ギュンタが伝えることを嫌がったのだ。
なにせ彼女はギュンタを心配して毎日温泉についてきたのだ。大好きだからこそ心配でたまらなかった。何度か温泉の前で会ったが、いつだってギュンタを心配していた。
私もこれ以上心配をかけたくなかった。
ギュンタは寝不足と不摂生で風邪を拗らせたことになっている。
薬師の家の息子としては恥だとは思うが、ギュンタはそれでいいのだと笑っていた。
何はともあれ、元気になって本当に良かった。




