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24.ウェスパルの夢

 馬車から降りて真っ先に森へと向かう。息を切らしながら木と木の間を走る。


 これは夢だとすぐに分かった。

 だってルクスさんも亀蔵もいないから。腕の中にあるのは一冊の本。この本が何の本かは分からない。


 だが大切なものであることだけは分かる。


 私の意思とは関係なく、夢の中の自分が立ち止まったのは洞窟の前だった。ルクスさんが眠っていた場所。


 前世の記憶を思い出した日、私が解いたはずの封印は未だそこに残っている。それを、夢の中の私は躊躇なくたたき落とした。


『ルシファーいるんでしょ! 出てきて』

『我の眠りを妨げるとは……貴様、何者だ』

『私は闇の巫女。この本を見てここに来た。あの忌々しいものを焼き打つためにあなたの力を借りたいの』


 本を開いてルクスさんへと見せる。古びた本の表紙は読めなくなってしまっている。


 だから夢を見ている私は何の本なのか分からぬまま。

 けれどルクスさんは本を見てすぐにそこに書かれている内容を理解したらしい。目を丸く見開いた。


『貴様、これをどこで』

『そんなのどこでもいいでしょう。それより力を貸して。あなたの力を借りればやり直せる』

『正気か? そんなことをすればお主とてただでは済まんぞ』

『私はいいの。それにチャンスは、光の巫女の力が成熟しかけている今しかない』


 自分の口からよく分からない言葉が溢れ出る。


 夢の中の、邪神の封印を解かなかった私は今の私の知らないことを知っているようだ。いや、私というよりもゲーム版のウェスパルか。


 彼女は何らかの理由で邪神の封印を解いた。

 ゲームでも明かされていなかったシーンなのかも知れない。


 ウェスパルはヒロインを陥れるために邪神の封印を解いたのか。ずっと疑問に思っていた。きっと私以外の多くのファンも真相を知りたがっていたはずだ。


   その答えはきっとここにある。

 ウェスパルの言葉を一言だって聞き逃したくない。


『かつてと別の道を歩もうというのか』

『私は大勢の誰かの命なんてどうでもいい。ただ大切なものを守りたい。あなたがダメなら他に行く。だから早く返事を頂戴。……時間がないの』

『もう、決めたんだな』

『ええ。例えこの身が朽ちようとも私は……を助けたい』


 だが彼女にとって忌まわしいものとは何だ。

  者なのか物なのか。聞いているだけでは判断が出来ない。だが先ほど、ウェスパルはヒロインを光の巫女と呼んだ。ゲームでも一貫してそう呼び続けている。だからこそ『もの』というワードに引っかかる。


 物であるならば、私を含め、多くのプレイヤーは大事な物を見過ごし続けたことになる。 彼女は何に憤り、そして泣きそうな声で叫ぶのだろう。


 助けたいのは誰なのか。知りたい。

 けれど大事な部分だけ彼女の声がかすれてしまって、よく聞こえない。


『その願い、邪神ルシファーが叶えてやろう』

『あなたが邪神に落ちた事なんて一度もないでしょう』


 どういうことか。待って、もっと聞かせて。

 手を伸ばせば、強い痛みを感じた。




「痛っ!」


 痛む首元を押さえれば、指の先に血がついた。

 すぐ隣にはルクスさんが転がっている。寝ぼけて噛んだようだ。


 それにしても噛む場所が悪すぎる。ぐっさりと刺さっている訳ではないが、首は生物の急所である。


 止血してから洗わないと……。

 クローゼットからハンカチを取り出し、首元を押さえる。


 あまりの痛みに夢の内容を忘れてしまった。

 結構大事な内容だったと思うんだけど、何だっけ? 本持って森に入っていったところまでは覚えているのだが、その先が曖昧だ。


「確か私は一人で……」

「うなされていたから忘れてもいいんじゃないか?」

「ルクスさん、起きてたんですか? 起きてて噛んだんですか?」


 起きていたのなら大罪だ。一週間おやつ抜きでは許されない。


 どう調理してやろうか。

 じっとりとした視線を向ける。するとルクスさんはしょぼんと肩を落とす。


「……寝ぼけてたんだ」


 なるほど起きたばかりだったのか。

 それでも噛みついた記憶はある、と。


「大きなお肉でも見えたんですか?」

「うなされている肉なんて食ったら腹を壊すだろう。それに我は肉より芋が好きだ」


 大きな芋に食いついたのか。でもうなされている芋もなかなか気持ちが悪いというか、こちらも食べたら腹を壊すのではないだろうか。


 ルクスさんの基準はよく分からない。


「肉でも芋でもいいですけど、とにかく噛むならせめて腕にしてください! 首って吸血鬼じゃないんですから……」

「噛むのはいいのか」

「嫌ですよ? でも今後、ドラゴンの本能的な衝動で何か噛みつきたいけど、手近にいいものないから私を噛むとかあるかもしれないじゃないですか。その時、本気で首がぶってやられたら私死んじゃうので。だったら腕で、って感じです」

「なるほど」


 今日は血が止まったのと、わざとではないので許そう。


 先に申告があれば手に魔獣の皮でも巻き付けておけばいいだろう。

 鷹を飼っている人が腕にぐるぐると何かを巻き付けているようなイメージだ。


 あれにどのくらいの効果があるかは分からない。だが私には錬金術がある。超強いアームガードだって作れるはずだ。


 いっそルクスさんが噛むようのボールでも作った方が早いかもしれない。


 朝になったらもう少しちゃんと考えることにしよう。


 だがそれよりも先に首を洗わなければ。血も止まってきたようだ。それから救急セットも使わないと。


 まさかこんなことで数年ぶりに救急セットを使うなんて思わなかった。一応タオルで首を押さえたまま立ち上がる。


「じゃあ大人しく寝ててくださいね」

「……夢は」

「痛みのあまり忘れちゃいました」

「そうか。うなされるような夢なら忘れてしまった方が良い」

「そうですね」


 私は思い出したい。

 けれどそれを言ったらルクスさんが心配してしまうから、心の中に留めておくことにした。



 起きてすぐに家族に心配されたのは言うまでもないだろう。

 けれど傷を作ったのがルクスさんだと分かると、すぐに心配するのを止めてしまった。なんだか複雑だ。

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