23.ウェスパルの力
どのくらいの時間が経っただろう。
このまま時計に取り込まれてしまいそうな気さえした頃、ようやくルクスさんの声が届いた。
「止めろ。……よし、ちゃんと巻き戻っているな。なら次だ。土の精霊よ、我らを案内しろ」
行くぞ、と腕を引っ張られ、どこかへと連れて行かれる。
精霊が案内してくれたのは薬草園の最奥。最もポピュラーな薬草が生えているエリアだった。
スカビオ家の人間はまずこの薬草を育てられるようになるところからスタートするのだと、以前ギュンタが教えてくれた。
そんな草に何の用事があるのか。首を傾げていると、精霊達は薬草の上をくるくると周り出した。
ルクスさんはずんずんと進むと、そこにしゃがみ込んだ。草をかき分け、顔を歪める。
「やはりそうか」
「何があるんですか」
「死草だ」
「え、なんで、死草が……」
「考えるのは後だ。ギュンタの目が覚める前に焼く。ウェスパルは下がっていろ」
死草が登場するのは第三部。それもサルガス王子のシナリオでだけだ。
彼のルートでシナリオが進んでいると仮定しても、死草が発見されるまではまだ時間がある。
なのになぜシナリオが開始するよりも前に、全く関係のないスカビオ家から発見されるのだ。
現実を受け入れられない私を後ろに下がらせ、ルクスさんはドラゴンの姿へと戻る。
そして大きく空気を吸い込んだ。シロに怒りを向けていた時とは異なり、大真面目な表情で薬草めがけてブレスを発する。
私は薬草が焼かれていくのを呆然と見つめることしか出来なかった。
一角だけではなく、ギュンタの薬草園の半分以上が燃やされることとなった。終わったぞ、と声をかけられ、ようやくハッとした。
「そうだ、ギュンタ! ギュンタは大丈夫なんですか!」
「戻した時間から考えると、進行はかなり遅かったようだ。栄養剤が良かったのだろう。加えて温泉と闇の力を使った。後は毎日温泉に浸からせれば直に治る」
「闇の力って」
「先ほどウェスパルが使った力だ。とっさに使わせたが、無事に使えたようで良かった」
言われるがままに使っていたが、あれが闇の力だったのか……。
乙女ゲームでウェスパルがヒロインに使っていたステータス下げの力が、こんなところで役立つとは思わなかった。
もしかしてあれは『ステータスを下げる』のではなく、『時を戻す』ための力なのだろうか。
詳しいことを聞こうとルクスさんに声をかけようとする。けれど聞き覚えのある声に阻まれた。
「俺の薬草園が……」
ギュンタが目を覚ましたらしい。
顔色は随分と良くなったようだ。元気と引き換えに失った薬草園に震えている。
「……ウェスパルとルクスさんがやったのか?」
「死草を焼いてやったのだ」
「し、そう?」
「薬師の端くれならどんなものか分かるだろう。優れたドラゴンたる我と温泉で薬を作ったウェスパル、なにより進行を遅らせるほど高品質な薬草を育てた精霊達に感謝するのだな」
「俺の薬草園から死草が出るなんて、そんな……」
ギュンタは信じられないと首を左右に振る。
けれど信じられないのは私も同じだ。
なぜよりによってギュンタの薬草園に発生したのか。
私があがいた結果もたらされたものかもしれないと想像するだけでゾッとする。
「あれはどこから生えるか分からぬ草だ。お前に落ち度はない。あったのは運の良さだ。身体にはまだだるさが残ると思うが、しばらく温泉に浸かれば治る。ちゃんと毎日通うのだぞ?」
「信じられない。信じられないけど、ルクスさんが理由もなく焼くはずないってことは分かる」
「今はそれだけ分かれば十分だ。よく休め」
「……とりあえず、寝てくる。お茶も出せずにごめんな」
「礼は石けんでいいぞ。今使っている分はもうすぐなくなる」
「あ、うん」
ギュンタの精霊達はルクスさんに何度も頭を下げてから、彼に付き添うように屋敷へと向かっていった。
精霊の話では、死草が生えているのはあの一角だけ。他にはまだ広がっていなかったそうだ。
助かったのは、精霊のおかげ。
ファドゥールの崩落事故と一緒だ。
これがギュンタの死因なのか。
だとすれば、第三部の始まりを待たずに死草が増殖していた可能性がある。
なぜ三年も遅れて発生したのか。
いや、サルガス王子ルートではすでに広範囲に死者が出ていた。つまりある程度繁殖した後の状態である。
『スカビオ領で発生したものが広がった。その影響でイヴァンカも命を落とした』
最悪な仮説を立てるが、すぐに却下した。
確かにスカビオ領とファドゥール領からも死者は出ていたが、シルヴェスターからの死者はなかった。
スカビオで発生したというのなら、繁殖範囲には真っ先にシルヴェスターが入るはず。それに、二人と仲が良かったウェスパルだけが生き残っているのはおかしい。
ギュンタとイヴァンカは別の理由で死亡し、その後にスカビオ・ファドゥール領に死草が広まった可能性が高い。
なら彼らはなぜ死んだのかーー
始まりに立ち、自問する。
けれど答えは出ない。
入学するまで、まだまだ気が抜けない。




