18.精霊の祝杯
今年の精霊祭は例年よりも盛り上がりを見せている。
今までは三領の領民が中心だったが、今年はワインのお披露目ということもあり、領を出た人達も多く集まっている。
交流のある人達やブルワーズ領の領主様・孤児院の子ども達も招待したそうだ。
お酒が飲める人はワインを。
飲めない人はぶどうジュースを手に大盛り上がりである。
ちなみに今日は樽だけではなく、瓶もいくつか並んでいる。来年以降、他の地域で暮らす家族に送るための試作瓶である。
名前も決まっている。
『精霊の祝杯』
ラベルには亀と精霊の絵が描いてある。
精霊は特定の子はいないが、亀は完全に亀蔵である。
ぶどう園を作る際に大活躍したからとのことだが、他の領の人が見たら「なぜ亀?」と疑問に思うことだろう。亀蔵は自分の絵が描かれていて嬉しそうだ。
「あ、美味しい」
「うむ。良い出来だ」
私達は揃ってブドウジュースをもらった。
今までも何度か飲ませてもらっているが、今日のためにさらなる調整を繰り返したそうだ。
えぐみもなく、サラッと飲める。ついついおかわりに手が伸びてしまうほど。
この出来にはぶどう作りに関わった亀蔵と亀吉も大満足のようだ。
一緒にぶどうを育てた人の元へ行き、言葉をかけている。
「かめえかめかめっ」
「かめかめ」
「本当に二匹にはお世話になって……。今後も一緒に頑張ろう!」
「かめえ!」
男性は目元に涙をにじませ、二匹の甲羅を撫でる。遅れてやってきた人も涙目である。
どんな話をしているのかは分からないが、私も知らないうちに固い絆が出来ていたことだけは確かだ。
その様子に、ワイン片手に戻ってきたお兄様も驚いている。
「すっかり打ち解けたな。ところで、ウェスパルが学園に通っている間は二匹とも王都に行くのか?」
「一緒に行くのは亀蔵だけで、亀吉は領に残ることになっています。ねぇ、亀吉」
「かめかめ!」
本当は亀吉も連れて行く予定だったのだが、他の人達は亀蔵を連れて行く代わりに亀吉がやってきたものだと思っていたらしい。
お父様とお母様だけではなく、領の人にもなんてひどいことを……という目で見られた。
亀蔵もそのつもりだったようで、あの研修は自分の後釜として育てるためのものであったらしい。
ルクスさんに通訳をしてもらって、最近知った。同時に亀吉一匹では三領を回るのは些か不安だとも。
よくよく考えれば亀蔵の仕事量は多い。
シルヴェスターの芋畑はもちろん、乞われればファドゥールのぶどう園に、スカビオの薬草園の様子も見るほどだ。亀蔵は徐々に慣れていったが、亀吉はまだまだ子ども。
研修してすぐにお願いします、とはいかないものである。
そこでしばらく様子を見て亀吉一匹では荷が重いようなら、小屋に飾ってある魔核で亀を増員することとなった。
お父様達としては今すぐにでも亀を増やして欲しいようだが、亀吉が「自分も次の子に研修出来るようになるまで頑張りたい」と言ったのだ。
うちの亀は二匹とも向上心が高いらしい。
サラッと次の子が出来る未来が組み込まれているが、お父様と長時間過ごせば仕方のないことだろう。
「そうか、亀吉が残ってくれるなら安心だな。寂しくなったら王都まで行くか? アカの背中に乗ればひとっ飛びだぞ」
「かめ!」
「ダグラス様。ノルマンド商会の方がいらっしゃいました」
「今行く」
「いってらっしゃい」
お兄様の向かった先に視線を向ければ、大人の中に一人だけ子どもがいた。お兄様とも親しげに話している。
顔ははっきりと見えないが、紫頭の子どもと言えば、思い浮かぶのはただ一人。
攻略対象者のゲルディ=ノルマンドである。
ロドリーの時のように私に紹介してくるのではないかとヒヤヒヤしたが、何事もなく精霊祭はお開きになった。
帰り際、今回来る事の出来なかった人に贈るための瓶を包む。
イヴァンカが中心となっているのだが、モデルとなった亀蔵にも一緒に居て欲しいと頼まれた。テントの中に用意された台の上に亀蔵はでんっと座り、帰るお客さん達にご挨拶をしている。
これが終わったら私達にもお土産のぶどうジュースを持たせてくれるらしい。
それも二本も!
樽の中身は一晩でなくなってしまったというのに、太っ腹である。ルクスさんも残ったご飯を食べながら上機嫌で待機している。




