10.今来るの!?
ファドゥール領で着々と進められていたワイン造りは順調。
亀吉の研修も上手くいき、ワインの出来次第ではぶどう畑を拡張するという話も上がっているそうだ。
イヴァンカは亀蔵に頼みに来るついでに、アップルパイを持ってきてくれた。ルクスさんはさらに美味しくなったアップルパイに大喜びである。
「うちも忙しくなってきているし、これを機に人員を増やそうという話になったの」
とはいえ、まだワイン造りが成功した訳ではない。
一気に人を増やせば、精霊達が混乱してしまうかもしれない。
そこで、初めはファドゥール家の親戚が経営している孤児院の子ども達が働きにやってきてくれることに決まったそうだ。
一ヶ月ほど働いてみてこのまま残りたいといえば残るという条件で集めたところ、十人以上の希望が集まったとのこと。
「精霊が慣れるという点でもいいと思うぞ」
「でも外から来た子どもとなると、魔物が来た時に心配よね」
「もちろん魔法の使い方や護身術は仕込むから大丈夫。それでね、もしも精霊と仲良くなれる子がいたら、教えて欲しいなと思って……」
「そういうことなら任せろ。謝礼はアップルパイでいいぞ」
「ありがとう!」
「ところで遠縁の親戚ってどのあたりの領なの?」
「北の方にあるブルワーズ家っていう家なの」
ブルワーズ家といえば、ヒロインを引き取った家だ。
ルクスさんも気付いたようで、何か言いたげな表情を浮かべている。
まさかファドゥールの親戚だったとは……。
貴族名鑑なんて見ないから全く気付かなかった。
もしもイヴァンカが入学していたら、ヒロインとウェスパルとの関係も変わったのかな。
まぁそんなもしもがあったら、ゲームシナリオ自体大きく変わってしまいそうだが。
私達に爆弾を落としていることなど、イヴァンカが気付くはずもなく、新たな人手獲得に浮かれたまま帰っていった。
「ヒロインとやらは今から潰した方がいいのではないか? 確か孤児院出身だっただろ」
「でも今度来る子達と同じ孤児院だとは限りませんし、同じでも来るかどうかは分かりません」
「それでも気をつけるに越したことはない。ファドゥールに行った際には精霊達に聞き込みをせねばな」
「お願いします」
そんな話をしてから一ヶ月と経たずに子ども達がやってきた。
繁忙期ということもあり、私達が顔を出せたのは子ども達が帰る直前のことだった。
だが私達が見に行くまでもなく、数人の子どもの周りには精霊が飛んでいる。
そして彼らはファドゥールに残ると決めているらしかった。魔法が使えない子もちらほらと。
魔獣の多い土地ではあるが、ここに残れば、大人になってからも衣食住が保証される。その上で勉強と魔法の使い方を教えてもらえる。
孤児院で暮らす彼らには魅力的であったらしい。
戻る子との別れを惜しみながらも、彼らの目は輝いていた。
ファドゥール側も想像以上の働きに満足しているようだ。イヴァンカも満面の笑みを浮かべている。
「早速明日儀式を行おうと思うの。名前の横に契約したい精霊の属性を書いてもらったから、大丈夫かどうか確認してもらえるかしら?」
渡されたリストを食い入るように見る。注目するのは属性ではなく、名前の方だ。
この中にヒロインがいないと信じたい。
シナリオ前から警戒するのは、友人二人の死だけで十分だ。これ以上、不安を増やさないで欲しい。
どうかいませんように。
そんな私の願いは通じなかったようだ。リストの中には見覚えのある名前があった。
それでも同性・同名の可能性もある。
あたかも託された役目をこなすかのように、一人一人の名前と髪の色、そして近くにいる精霊の属性を確認していく。
一人、また一人と確認していく度に胸の鼓動がバクバクと大きく跳ねる。
そして最後の一人に行き着いた。途中から嫌でも目に入っていた少女は見覚えのある青い髪。残った名前はたった一つ。
「レイミア、さん」
「はい!」
元気よく返事をしてくれた彼女は間違いなくゲームヒロインだった。少し幼く見えるが、間違いない。
天を仰いでいると、真面目に仕事をしていたルクスさんは大きく頷いた。
「全員希望通りで問題ない」
リストを返却しようと振り返れば、イヴァンカが小さく手招きをしていた。
「どうしたの?」
「最後のあの子、どうだった?」
「どうって?」
「あの子、魔力が凄い強いみたいで。今回子どもを募集するって決まったのも、実はブルワーズ家からそちらで育ててくれないかって言われたからなの。ほら、うちなら精霊がいるから」
どうやらヒロインをこの場所に呼び寄せたのは、私とルクスさんの行動が原因らしい。
複雑だが、精霊がいたおかげで崩落事故が防げたのだ。プラスとマイナスではどう考えてもプラスが大きい。
それに彼女が召喚する予定だったフェンリルはすでにお兄様が召喚してしまった。本来、彼女が精霊を召喚する予定などなかった。
ここに来ることになった原因は一つではないのかもしれない。
「とりあえず一体との契約を希望ということだから問題ない。様子を見て、まだ力が有り余っているようだったら、次なる契約を視野にいれるといったところだな」
「そう、良かった!」
現実から全力で目を背けたい私とは正反対に、イヴァンカはとても嬉しそうだ。
それから精霊召喚を行ったレイミアは才能を開花させ、メキメキと強くなっていった。
入学まで魔法が全然使えない設定で、第一章は魔法初心者の授業を受けていたはずが、狩りに出るほどに強くなってしまった。
元々魔力があり、国の最高峰の先生たちが付いている。
才能を伸ばすにはこれ以上ない環境だった。ブルワーズ家の御当主様もホッとしていることだろう。
第一章初期のイベントのほとんどは魔法関連なので、凄まじい勢いでフラグをへし折っていることになる。
このまま成長を続ければ、第一章後半の見所である、戦闘イベントでのヒーローの活躍の場さえも奪う事となるだろう。
第二章は魔法が使えるようになってからの話になるので、今のところ、こちらへの影響は相棒が魔獣から精霊に変化したくらいしかない。
だが彼女はとても働き者で、狩り以外でもファドールの戦力になっているという。
学園に入学せずとも、働き者のレイミアは大人気だった。
もういっそそのまま突っ走って、第二章のフラグも折ってくれる事を願うばかりである。




