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9.亀吉

「さっきの音は、この子が出てきた音です」

「この子?」


 そう告げて、新入り亀さんを指さす。

 お父様はゆっくりと瞬きをしてから、深呼吸を繰り返す。


「大丈夫ですか?」

「……可愛い、とても可愛い」


 どうやら亀蔵大好きのお父様の心にクリーンヒットしたらしい。

 その場にしゃがみ込み、早速「お父様だよ」と挨拶をしている。


 亀蔵も背中に乗せてトタトタと歩いている。弟分が出来て嬉しいようだ。


「それで良ければ、この子の名前をお父様に付けてもらいたいなと思って……」

「いいのか!?」

「是非」

「亀蔵の弟分になるのだから、似た名前が良いよな? 亀は付けたいから、それに合う素晴らしい名前は……カメータス、なんてどうだろう……」

「かめえ……」

「かめ……」


 お父様のネーミングセンスのなさに、二匹の鳴き声は悲しげだ。

 お父様に付けさせたら、と言い出したルクスさんもドン引きである。


 そういえば私の名前はお祖父様が、お兄様の名前はお母様が決めたと聞いたことがある。

 その時は軽く聞き流していたが、今は心からの感謝を捧げたい。


「ウェスパル、やはりお前が決めろ」

「そうですね。じゃあ亀吉で!」

「かめ!」


 パッと浮かんだ名前だったが、新入り亀さんは気に入ってくれたようだ。

 お父様はすっかりと落ち込んでいるが、さすがにカメータスはない。だが落ち込んでいたのも本当に一瞬だった。


 亀蔵と亀吉が揃って歩いている姿に機嫌はすっかりと直ってしまった。


 亀蔵は弟分をお母様や領民達にも紹介したいようで、ドアの方へと歩いて行った。

 お父様が付き添ってくれるらしい。


「いってらっしゃい」


 一人と二匹を見送ってから、ルクスさんとソファに腰掛ける。

 お父様は喜んでいるが、本来作ろうとしたのは核である。なぜ直接錬金獣が出来てしまったのか。


 亀吉はとても可愛いが、今後のためにも、ちゃんと考えなければならない。

 というよりもルクスさんからちゃんと考えろ、という圧を感じる。


「それで、なぜ亀が出来たんだ? 思い当たる節はあるか」

「作成中、亀蔵のことを考えたくらいですね!」


 考えたところでこの一択しかない。

 元気よく返事をすると、ルクスさんは呆れたような困ったような微妙な表情を浮かべた。


「間違いなく原因はそれだろう。だが錬金獣が釜から出てくるなんて聞いたことがない」

「つまり、亀吉は超レア亀?」

「珍しさで言えば亀蔵の方が上だがな。まったくウェスパルはいつも我の想像の上を行く」

「私もこうなるなんて思ってもみませんでしたよ。でも家族が増えるっていいですよね」

「そうだな」


 錬金術は私が思っているよりもずっと、想像がそのまま直結するものらしい。


 亀吉の誕生は嬉しいが、今後は気をつけなければ我が家に亀が増えていく一方だ。

 お父様もお母様も喜びそうだけど、一気に増えては育てる手が追いつかない。我が家の一員になってくれたからには、ちゃんと一匹一匹と向き合いたい。


「とりあえず、明日もう一度核を作ってみるか」

「上手くいくといいんですが……」

「とにかく亀蔵のことは考えるな。核。生命の心臓部分になることを強く意識するといい」

「なるほど」


 ルクスさんの指導を受け、翌日、残りの石を使って再び魔核作りにチャレンジする。


 頭の中で「心臓。これは心臓になるもの」と繰り返した結果、まん丸い石が浮いてきた。

 魔法で研磨されたのか、つやっつやである。


 正直、私の目にはただの石にしか見えない。

 だが爆発はしないし、ルクスさんも満足げに頷いている。


「今度は成功だな」

「あ、やっぱりこれが核なんですね」


 これが錬金獣の心臓になるのか。

 まだ錬金獣を増やすつもりはない。だからどこかに保存しておきたいのだが、ポンッと置いておくのは憚られる。なにせ心臓である。


 傷がつくなんてもっての他だし、埃が積もればバチがあたりそうだ。


「このまま置いておけないし、お父様に頼んで棚を作ってもらおうかな」

「それが良いな」


 早速お父様に頼めば、すぐに作ってくれることになった。

 私は布と綿を用意してもらい、核を置くための座布団を作る。


 完成した核置き場はまるで祭壇だった。

 この石に神様が宿っていると言われても信じてしまいそうだ。



「亀が、増えている!?」


 遊びに来たサルガス王子は亀吉にひどく驚いていたようだった。

 だが亀蔵という前例がいるからか、すぐに餌付けを開始している。それどころか可愛い亀吉に心が奪われたようだ。


「うちにも亀、欲しいな……」


 ぽつりとそう呟いた。

 途端、タイミング良く? やってきたお父様がギロリと睨み付けた。


「亀蔵も亀吉もうちの子です。王子にはあげません。どうしてもというのなら、そちらが来ればいい!」


 とても王子様相手に吐くセリフとは思えない。それだけ亀蔵と亀吉への愛が強いということなのだろう。


 とはいえ、私もあげるつもりはない。バッサリと切り捨てる。


「諦めてください」

「彼らとなら、良い薬草園が作れると思ったのだが……」


 サルガス王子は肩を落とすが、そちらは精霊達と協力して欲しいところだ。


 それからというもの、お父様は以前にも増して二匹の亀にデレデレになった。

 錬金術の材料が欲しいとねだれば、大抵の物は買ってくれる。おかげで錬金術ライフが捗っている。


 ただ、それも下心があってのこと。

 お父様はお母様と共に祭壇の魔核を狙っているのだ。加えて、タイミングを見計らっては「魔核はもう作らないのか?」と尋ねてくる。


 両親は亀増やそう計画を練っているのだ。なんとも恐ろしい話である。


 両親から溺愛されている亀吉は現在、亀蔵に載っかって畑研修を受けている。

 シルヴェスター領はもちろん、ファドゥール領のぶどう園まで連れて行くほど、亀蔵は亀吉を気に入っているようだ。


 領民達からも可愛がられ、今では立派な家亀ならぬ領亀である。



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