戦神と情けなさと
盗賊団と冒険者の戦い、どちらが優勢かといえばそれは盗賊団の方だった。数が多いといってもそれは僅か数名の差で火力で言えば冒険者のほうが有利、なにせ魔法使いが数名いる。火力で言えば冒険者のほうが上、攻撃魔法の一発で戦況は大きく傾く。それなのに不利になっているのは盗賊団の方は妙に統制が取れているからだ。集団戦に慣れていると言ってもいい。普段どおり荒くれ者を追っ払えばいいと考えていた冒険者たちは焦り通常通り戦えないでいた。だから僕らが乗る馬車が手薄となり盗賊数名が馬車に乗り込んでくるというミスを犯してしまった。
盗賊らは問答無用で乗客らを切りつけてきた。口上もなく切りつけられ乗客らはパニックに陥る。馬車から飛び降り逃げようとするが外は未だ戦いが続いている。戦いに巻き込まれるのは必須、内も外も逃げ場はなかった。
僕はといえば初めて見る人の死に恐慌状態に陥っていた。心臓の鼓動が早まり全身から熱いような冷たいような汗が吹き出る。体が恐ろしく震えているのに体に力が入らず床にへたり込んでしまう。こんな僕をみて盗賊らは蔑んだように笑う。それはそうだろう。逃げるという事も生きるという点においては戦いなのだ。それさえも放棄しへたり込むなど情け無いにもほどがある。嘲笑されてもしょうがない。僕の人生ここまでかと諦めていると不意に後ろに人の気配を感じ振り向くとそこには膝を付き両手を組み祈りを捧げているティアさんがいた。
(この状況で身を守ることせず祈っている!? 何を考えているんだ、ティアさん!?)
僕の後ろには僕の事を大事な人だと言ってくれた、僕を何より大切にしてくれる人がいる、そう思うと足に力が入った。体はまだ震えているがそれでも立ち上がると僕は両腕を広げティアさんの前に立った。それを見て盗賊の一人がため息を付いた。
「……自分を盾にして女を守る? そんな事して何の意味がある? 物語の主人公じゃあるまいしただの自己犠牲、鼻につくねえ……そんなクソ正義には虫酸が走る。お望み通りすぐに殺して……いや、それじゃ面白くねえな」
盗賊はティアさんを舐め回す様に見てゲスい笑みを浮かべて言う。
「……そこの女を目の前で犯して最後に殺してやったほうが面白い……」
この瞬間、僕の頭に血が上り恐怖より怒りが勝った。
「何を考えてる、この外道っ!!」
僕はあまり怒る方ではないのだけどそれでも目の前の外道には激しい怒りを覚える。僕は怒りの力を糧に突進するがそれは素人のそれで僕の突進を盗賊は半身をずらして回避しすれ違い様顎を蹴り上げられる。気は失わなかったが脳を揺さぶられ体がうまく動かせない。どれだけ怒ろうと体がいう事を聞いてくれなかった。
「動け動け動け動け……動けぇぇぇ」
「叫ぼうと何をしようとしばらくは動けないだろう……丁度いい、お前らこいつを取り押さえておけ。顔はこちらに向けさせろ。絶対に顔を背けさせるな」
「「へいっ!!」」
僕は盗賊ら数人に体を起こされ両手を捕まれ更に後ろから頭挙げられ固定される。これから起こるであろう惨劇を無理矢理見せつけられてしまう。
「さあ……ショーの始まりだ」
「ティアさん……逃げて、お願いだから……」
僕はか細い声でティアさんに言う。そんな僕の声に反応してかティアさんはフラリと立ち上がった。
「よかった……早く」
「ほう、そこの情け無い坊主の言う事を聞いて逃げる気になったか? だが遅すぎる、もうお前に逃げ場はない……これからお前は俺らに犯されそして死ぬ。誰もお前も……お前が祈る神すらも助けてくれねえ。せいぜいこの世の不条理を嘆きながら最後の快楽を楽しみな」
そう言って盗賊がティアさんの右肩に手を伸ばす。盗賊の手がティアさんの肩に触れる前にティアさんが左手で盗賊の手首を掴む。抵抗する気ならばと盗賊は右手を振り上げるがその手が止まり悲鳴を上げた。ティアさんに掴まれた右手首が恐ろしい力で締め付けられ激痛に襲われているからだ。
「イ、イデェェェェッ!!!!!」
盗賊が悲鳴を上げてもティアさんに慈悲はなく力一切緩めいない。そしてバキリッという嫌な音と共に盗賊の右手首が折れた。
「ギィヤァァァァッ!!!!!」
悲鳴を上げる盗賊の顔面をティアさんの右手が掴む。右手に力が籠り盗賊の顔面から嫌な音が聞こえてきた。盗賊の頭部がティアさんの握力に悲鳴を上げているようだ。
「は、離し、やがれっ!!」
盗賊が持っていた短剣でティアさんの右手や腹などを突き刺すが白いゆったりとした貫頭衣―――修道服というらしい―――を貫く事は出来なった。
「……黙れ」
ティアさんが普段では想像もつかないドスの聞いた声で盗賊に言う。鬼の形相のティアさんに盗賊は恐怖する。
「よくもリゼルさんを……私の大事な人を傷つけてくれましたね……八つ裂きにしてもし足りない……死んだ方が楽だと思える一撃をくれてやるから……覚悟して下さいっ!!」
ティアさんは左手を腰に引き拳を作り魔力を高めた。高まった魔力を左手に集中するその様は小型の太陽が出現したかのようだ。盗賊はティアさんから離れようと暴れるが離れる事が出来ない。
「力は集まった……食らいなさい、神の一撃!!!!」
ティアさんが静かに宣言し左拳を繰り出し盗賊の腹部に入った。腰の入った一撃に盗賊の身体はくの字に折れる。無意識に威力を殺そうとしての動きだったがそれでも威力を逃がしきれない。肉が爆ぜ内臓が著しく傷つきティアさんに捕まれた左手の中に血を吐いた。大量の血を吐き悶絶する盗賊をティアさんは無慈悲に投げ捨てた。
「……生前の罪を思い返し、後悔しながらして死んで下さい……」
盗賊は何も答えずしばらく痙攣した後動かななくなった。
僕を拘束していた盗賊たちに怯えの表情が走った。仲間の仇を打つより逃走を選択したようで僕をティアさんに向かって放り投げ一目散に逃げだした。ティアさんは盗賊を倒すより僕を助ける事の方が大事だったようで盗賊を追う事はせず僕を受け止めた。
「ああ、無事でよかったリゼルさんっ!! どこか痛い所はないですか? 私、治癒魔法も出来るから治療してあげますよ」
そう言いながらティアさんは僕の服をめくり他に怪我がないか調べている。あちこち触られるのくすぐったいのでやめて欲しいのだけど心の底から心配しての事だから我慢した。
「……僕、魔力がゼロだから治癒魔法も効かないんです……気持ちだけもらっておきます」
「すみません、そうでしたね。私とした事が……」
ティアさんはバツが悪そうに僕から眼を逸らす。
「いいえ、いいんですよ。それよりティアさんのあの強さは一体?」
この世界の人間はほぼすべてが魔力持ち、戦士や盗賊など前線で戦う者は魔力で身体を強化する事が出来る。攻撃力、防御力、敏捷性が全て増幅される。そんな者を素手の一撃で絶命させるというのは不可能に近い。だがティアさんはそれを実現して見せた。こんな奇跡を如何にして起こせたのか僕は興味があった。
「……それは後にしておきましょう。それより今は外で暴れている盗賊でしょう……片付けて来ますよ」
ティアさんは右拳を左掌で包みバキボキッと音を鳴らす。ティアさんの体から強い魔力が漏れはじめる。味方にすれば頼もしいが敵に回すと恐ろしいと僕は思った。ティアさんを怒らせない様にしようと僕は誓った。
「じゃあ……行ってきます」
幌をめくり馬車から出ようとするティアさんの背に僕は声をかける。
「ティアさん、一緒にグラム王国に行こう。そこで冒険者になって少しでも鍛えてティアさんと一緒に生きていけるよう頑張るからっ!! ……行ってらっしゃいっ!!」
「……はいっ!!」
ティアさんは強く頷き馬車から飛び降りた。
ティアさんの背を見送りつつ僕は情けなさで一杯になった。今の僕は弱すぎた。誰かに守られなければ戦う事、生きる事すら難しい。魔力がゼロであろうと戦い抜ける、生きていける力を身に着けなければティアさんと一緒に居る資格はない。グラム王国に到着したら冒険者になると同時に何か方法を探してみよう、僕は強く思った。