悩むところが違わない?
グラム王国まであと半日という所まで来た。何事もなく順調に進んでいるのだが僕の心中は穏やかではない。それは隣に座っているティアさんのせいだ。ティアさんが師匠と仰ぐあの老女―――彼女は別の街で馬車を降りている―――の教えに従ってグイグイ来ることは無くなった。お酒はお互い飲まないようにしたし宿を取れば別々の部屋にし適度な距離を取ってくれるようになったのだけど一緒に移動する時、妙に体を引っ付けてくるようになった。最初は手を取るだけだったのだけど時間が経つにつれて僕の腕に自分の腕を絡ませるようになっていた。今もティアさんは僕の左側に座っているのだけどしっかりと腕を絡めている。腕に柔らかくそれでいで弾力があるという相反する性質を備えた男の夢が詰まったある物をしっかりと押し付けれらている。僕の精神力ではこれにはとても耐えられない。離してもらおうとティアさんを見るとニッコリと微笑まれた。
「離しませんよ」
僕が言おうとしていた事をティアさんは読んでいた。
「でも……」
「離しませんよ」
「で……」
「離しませんっ!!」
強く引っ張られた反動で僕の腕は二つの双丘の中心、つまり谷間に挟まれてしまった。更にティアさんは僕の手を股で挟み込みガッチリホールドする、僕はむやみに動く事が出来なくなってしまう。だけど僕の心臓は早鐘の如く脈動している。何やら分からない汗が全身から噴き出し激しく動揺している僕に対してティアさんはしてやったりとドヤ顔だ。
「分かりましたっ!! もう離して下さいとは言いませんからっ!! だからっ!!」
「分かればいいんです」
ティアさんは勝ち誇った顔で股の力を緩めてくれた。僕はゆっくりとを引き抜こうとしたのだけども手が何かに触れてしまったのかティアさんが「アアッ……」とか「ンゥ……」とか妙に艶っぽい声を出したものだから僕は思わず「すみませんっ!!」と土下座する勢いで謝ってしまう。そんな僕の耳元でティアさんは小声で呟いた。
「いいんですよ……いずれはこんな声を一杯聞かせてあげるんですから……」
僕の穴という穴から蒸気が噴き出そうだ。
(ダメだ……これ以上は僕が持たない。何か別の話題を振らないと……)
「ティアさん、グラム王国についてからどうします?」
今一番考えないといけない現実的な事案を持ち出して状況を覆そうと僕は考えた。
「どうしますって……私はリゼルさんについていきますよ」
ティアさんに迷いはなかった。
「僕について来るって言われても無職ですよ、僕。ティアさんに迷惑をかけるのは目に見えてるし向こうに着いたら別れた方が……」
「迷惑だなんてそんな事はありませんっ!! 別れるなんて絶対イヤですっ!! 別れるぐらいだったら私が養ってあげますっ!!」
ティアさんは鼻息荒げに言う。本当に迷いがなかった。
「養ってあげるって……それは絶対ダメです。というか僕がイヤです」
(こんな僕でもプライドという物がある。誰かに養ってもらうなんてしたくはない。)
冷めた表情になった僕を見てティアさんが左人差し指を顎に当てウーンと考える。
「向こうでちゃんと職に就くとしたらちゃんとした身分が必要なんですが……リゼルさん、家を追放されてるんですよね。そうなるとちゃんとした身分というのは……」
「ないんですよねえ……どうしましょう?」
ピンク色の空間を変えようとして現実的な話ををしたのだが今度は空気が重くなった。だけどティアさんは意味ありげに微笑み人差し指と中指を立てる
「そんなリゼルさんでも就く事が出来る職業は……二つあります」
「二つも? 流石ティアさん、頼りになります」
褒められてまんざらでもないのかティアさんは鼻タカダガになる。
「一つ目、それは私の夫になって永久就職……」
「はい、却下。次」
僕はティアさんの最初の提案を投げ捨てるようにして次を即した。
「そんなすぐに却下しないで下さい。少し迷ってくれてもいいのに……リゼルさんのイジワル」
「冗談はいいですからっ!!」
「冗談のつもりはないんですけど……この話はまた今度として……リゼルさんでも就けるもう一つの職業。それは後ろを走っているもう一台の馬車に乗ってる人達と同じ職業ですね」
「後ろの馬車に乗ってる人達と同じってそれは……」
僕が言いかけた時、馬車が大きく揺れ馬車が止まった。馬車を引く馬が大きく嘶きを上げている所を見ると前方で何かがあったのかもしれない。
僕は馬車の幌から顔を出す。すると十数名の剣呑な雰囲気を身に纏った男たちが前方を塞いでいるのが見て取れた。長剣や手斧などで武装している所を見るとこちらに危害を加えるつもりだということが分かる。
「あれって……」
「盗賊団でしょうね」
僕の横から顔を出したティアさんが呑気に説明してくれた。
「こういった乗合馬車は盗賊団に狙われやすいんですよ」
「狙われやすいって……どうするんですかっ!?」
「狙われやすいという事はそれに対する対応策も当然考えられています。ほら、出てきますよ」
ティアさんが余裕ありげに言うものだから僕も呑気に首を傾げる。危機感がないと言われそうだけどティアさんがまったく慌てていないもんでつい乗ってしまった。
後ろの馬車から出てきたのは長剣や大剣で武装した戦士、木の杖を持った魔法使い、男女合わせて十人程で盗賊団に比べ人数が少し少ない。
「この人達は?」
「乗合馬車の組合が雇った冒険者です」
「冒険者?」
「リゼルさんは知りませんか? 冒険者?」
「いや、知ってますけど冒険者ってこういう仕事もするんですか?」
「当然、冒険者の仕事も色々ありますから。魔物の討伐や迷宮の探索なんていうのが花形でしょうけどこういった護衛の仕事も当然ありますよ」
「ティアさんは僕が冒険者になる事を前提で話してましたけど……僕には無理です。こんな荒事はとてもじゃないですけど……」
「だから色々あるって言ってるじゃないですか。こういう荒事以外の仕事もありますからそれを専門でやればそこそこ稼げまよ。それに冒険者はあまり身分を問われる事ありませんから誰でもなる事は出来ますし……」
「ふうん……」
今の僕にはティアさんの提案は天啓に聞こえた。神に仕える人からの提案は文字通り神の啓示なのでは僕は思ってしまう。
「冒険者か……やってみようかな」
「その時は私も一緒に冒険者になりますよ」
「ティアさんは……信仰する神の教えを広める為に旅をしてるんじゃなかったんですか?」
「信仰より大事な人が出来ましたから」
ティアさんの微笑に僕は顔が赤くなる。
(ティアさんは本当に迷いがない。大事な人なんて台詞が簡単に出てしまうんだから……ティアさんの好意に僕はどう答えたらいいんだろう……)
馬車の外では冒険者と盗賊団の戦闘が始まっているというのに僕は全く関係ない色恋に悩んでいた。