男というのは意外と……
「辛かったね……」
老女がティアさんの頭を優しく撫でる。
「男なんて朴念仁だから女の気持ちなんてわかりゃしない。いつも泣かされるのは女なんだからやってられない……と言いたい所だけど今回に限ってはお嬢ちゃんも悪い所があるさね」
「えっ?」
(えっ?)
老女の言葉を聞いてティアさんは驚きの声を上げ僕は心の中で驚いた。僕が悪役にされると思っていたのにまさか擁護されるとは思わなかった。ティアさんは驚き老女の顔を凝視した。
「お嬢ちゃん少しがっつき過ぎだ」
「私が……ですか?」
「男ってのは図体ばかりででかいくせに繊細だ」
これには乗っていた乗客、主に男性がブーブーと文句追いうが老女の「黙らっしゃいっ!!」という一喝で押し黙ってしまう。僕も身を竦ませてしまう。下手をしたら漏らしていたかも……流石は神聖ヴァリス王国の女性だと思う。この人もかなりの実力を持っているのだろう。
「坊ちゃんは図体がでかいとは言えないが中身は同じだ。ともかく男ってのは繊細で傷つきやすい。出会ってすぐに好意を向けられても困ってしまう。はっきり言えば警戒してしまうもんなんだよ」
「だったら昨日の夜どうして私をその……」
夜の行為を思い出しティアさんは口ごもってしまう。
「そこはまあ色々あったんだろうね。そこは坊ちゃんにも話を聞いてみたいんだが……アンタらいつまで坊ちゃんを取り押さえているんだ。離してやりなよ」
老女に即され僕はようやく拘束から解放された。その場に座り込んだ僕を老女が探る様に見る。
「さて坊ちゃん……どうしてこの嬢ちゃんに手を出したんだい?」
老女は優しく言って言ってくれているが僕は老女から圧を感じ内心冷や汗をかきながらも言い訳をせず昨日の状況を伝える。
「それが僕……昨日の事をよく覚えていないんです」
「覚えてないって……それはちょっとないんじゃないかい。女性と致した事を全く覚えていないなんて……嬢ちゃんが可愛そうだよ」
「僕も不誠実だと思いますが……本当に覚えていないんです」
それを聞いた周りの乗客たちの刺すような視線に晒される。こいつは女の敵だと敵認識され下手をすれば袋叩きだろうがそれよりきついのはティアさんの視線だ。目に涙を溜め何か拍子にほろりと落ちそうだ。唯一敵として見ていないのはかの老女のみ、彼女は真上を向きながら腕を組み何やら考えているようだ。
「なあ坊ちゃん、何か身に覚えがないのかい? 記憶が飛んでしまうような何かが?」
「ウーン……そうですねえ」
僕は昨日の記憶を失う目の事を思いでしてみる。
「そう言えば……お酒をしこたま飲みましたね、ティアさんと」
昨日の夜、宿屋を探す前に入った酒場で食事をとりながらそれなりにお酒を飲んでいた。ティアさんに付き合って飲んでいたがティアさんはかなりの酒豪で僕は途中でダウンしていたのだ。それを聞いた全員がハアとため息をついた。
「記憶が飛んだ理由ってそんなくだらない事かい、呆れたね。でもそれなら大体の事に理由がつくね」
「本当ですか?」
「本当も何もそれしか理由がないだろう。酒ってのは気を大きくさせる妙薬だ。使い方によっては人を鼓舞するが大抵は碌な事にならない。気が大きくなった所にキレイどころがいればそりゃ手を出してしまうだろうさ」
「そんな……お酒のせいだったというんですか?」
ティアさんが目に見えて落ち込んでいた。自分に好意を持ってくれたからではないのだからそれはショックだろう。
「嬢ちゃんは坊ちゃんに対する好意が天井を叩いているだろうから求められたら喜んで応えるだろうが……坊ちゃんが前後不覚じゃねえ。そんな状態の行為だとお互い不幸になるだけだよ」
確かに僕は困っているし、ティアさんも失意のどん底で涙を流している。誰も幸せになってはいない。
「僕は……どうしたらいいんでしょうか?」
「そりゃあ……坊ちゃんが誠心誠意謝って……そこからもう一度やり直すしかないだろう」
「もう一度やり直す……ですか?」
ティアさんが涙を拭きつつ老女に尋ねる。
「二人は出会って間もないのだからお互いの距離も何もないだろうからね。まずははお友達から始めてお互いの距離を縮めるんだね。距離が縮まればいずれはまた……出来るようになるさ」
「お婆さん、本当ですか?」
「これでも人生経験は豊富さね。このババの言う事は聞いておくことさ」
ティアさんに希望の火が灯ったのか目に生気がというよりは炎が灯っていた。
「リゼルさんっ!! まずはお友達から始めましょう」
ティアさんが僕の両手をガチっと掴む。じっと見つめるその瞳から強い光が照射されているようで眩しいというか痛い。
「これで一件落着と言いたいところだけど一つ釘を刺しておこうかね……お嬢ちゃんっ!!」
「は、はい!?」
「坊ちゃんが気を許すまで手を出しちゃダメだよ」
「ダメなんですか?」
ティアさんが可愛らしく首を傾げるが老女はすかさず一喝する。
「当たり前だっ!! そんな事をしたら逃げるだろうし下手をしたら女性不審になるよ。そうなったら坊ちゃんとの仲は絶望的だ、諦める他ないよ」
この脅しが聞いたのかティアさんは背筋を伸ばし何度も頷く。
「はいっ、絶対手を出しませんっ!!」
「よろしい」
老女が満足したように頷く。
「さて……坊ちゃんは当分酒は禁止だ。またこんな事になったら嬢ちゃんが悲しむし坊ちゃんも罪悪感に潰されるからね」
「僕もお酒がそれほど好きってわけじゃないんです。禁酒しろって言うなら禁酒しますよ」
「ならそれでいい……さて話が纏まったところで改めて自己紹介でもしたらいいんじゃないか?」
言われて僕とティアさんは向き合う。僕は何やれ照れく口ごもっているとティアさんが微笑を浮かべつつ口を開いた。
「私はティア・ウェネーフ14才、異国の宗教八聖教のシスターです……今まで誰かをこんなに好きになった事が無くて……だからリゼルさんに対して暴走しがちですが……そんな自分を制してリゼルさんの一番の女性になって見せます。こんな私ですがまずはお友達からよろしくお願いします」
ティアさんが頭を下げ右手を差し出してきた。
(これって自己紹介じゃなくて告白じゃないの?)
やっぱり暴走してるなと思いつつもティアさんは己の心の内を真摯に答えてくれた。僕は誰かに告白なんてされた事はなく激しく動揺しているがそれでもティアさんに真摯に答えないといけないと数度深呼吸し心を落ち着かせてティアさんに答える。
「僕はリゼル……デフェーサ15才です。今は訳あって無職です。落ち込み動けなくなってた僕に助言をくれて手を引っ張ってくれたティアさんには恩があります。だからティアさんの好意にも応えないととは思いますが……ティアさんの事を良く知らない今の状態では応える事は出来ません。だから今は友達から始めていずれはそんな関係になれればと思っています……今はこれしか言えませんがこれでもいいですか?」
僕は少し緊張しながらティアさんの右手を掴んだ。ティアさんが顔を上げキラキラとした瞳で僕を見る。
「いいですともっ!! 今はその言葉だけでも嬉しいですっ!! 今なら盗賊の百人、二百人、楽勝でぶっ飛ばせますっ!!」
何で今そんな物騒なセリフが出るのだろうと僕は思ったのだがティアさんが喜んでくれるのだからこれで良しとしよう。
ティアさんがまき散らした不穏な空気は一掃され、それを解決した老女は乗客全員から救世主と崇められ、ティアさんは師匠と呼ぶようになった。