女たちの三つ巴その2
僕が茉莉さんを召喚した状況を思い出しながら細かく話した。アンナは顔まで覆う鉄兜を被っている為、表情は分からないのだけどおそらく不思議そうな顔をしてると思う。
「……それはおかしな話ですわね?」
「やっぱりそう思う?」
「ええ、お兄様の魔力がゼロという体質はあらゆる魔法を打ち消す作用がありますから。それは魔法のアイテムであっても同様……なのになんで召喚魔法が起動したのか本当に不思議ですわ。それに仮に召喚が成功したとしても魔力で編まれた存在がお兄様に触れるはずないですし……どういう事でしょうね?」
魔法の理論に関しては詳しい僕やアンナが分からない事が茉莉さんに分かる筈がない。ついていけないのを誤魔化しているのか女神の様に優しく微笑んでいる。
「あのう……ちょっといいですか?」
悩む僕らの間にそう言って話に入って来たのはティアさんだ。
「そちらの茉莉さんは私が見た限り魔力で編まれてはいない実際に肉体を持った人であると判断できます。そこから判断するにリゼルさんの使ったスクロールに封じられていた魔法は召喚魔法ではなく転移魔法ではないですかね?」
「転移魔法!?」
あり得ない、僕とアンナはそう思った。転移魔法―――文字通り物体や生き物を別の場所に転移させる魔法だがその魔法を実現するのはかなり難しい。近い遠い関係なく別の場所に転移する際膨大な魔力が必要になるし転移する場所に関してはかなり細かい設定が必要となる。この設定を誤れば体が壁や地面と一体化してしまうという事故も起こったりする。こんな複雑な設定をするよりも身体強化の魔法を自身に施し移動した方が低コストで尚且つ安全なのだ。そういう理由から転移魔法は全く発達していない。もしティアさんが言うように茉莉さんが転移魔法によりこちらに移動してきたというのなら僕が使用したスクロールを作った人物は神に匹敵する天才であると言えるだろう。
そんな事を考えているうちに僕はある事に気が付いてしまった。僕は茉莉さんにジャンピング土下座をしていた。
「すみませんでしたっ!!」
「お兄様!?」
「リゼルさん!?」
「……何ゆえ土下座!? どういうことです、リゼル君!?」
突然僕に土下座された事に茉莉さんは驚いているようだ。それはそれで悪い事をしたと思うけど僕は茉莉さんに謝らないといけない。
「自分が助かりたいばかりにこんな荒事に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした!! 茉莉さんには茉莉さんの生活があるというのにこんな異国に連れてこられて……僕は」
「ああそういう事、それなら大丈夫です。これまで働いていたお屋敷で少しやらかしてしまいまして……無職でしたから」
そう言った時の茉莉さんの微苦笑は少し痛々しかった。
「それに私には家族はいません」
「家族がいない?」
「ええ……生みの親とは絶縁してますし育ての親とは死別してますから。だから家族云々については気にする事はないのですがまあ……リゼルさんが謝ってくれるのならその罪悪感に少しつけ込む事にしましょうか」
ニヤリと笑う茉莉さんの中に悪魔を見たような気をした。
「……何か願うのはいいですが僕に出来る範囲でお願いします」
「簡単な話です。私はメイド、メイドとはご主人様に仕えるもの。いないと何も出来ないのです。ですから私のご主人様になって下さい」
茉莉さんは優しく微笑みながら爆弾を投下した。
「「ゴシュジンサマ~!?」」
アンナとティアさんが大声で叫んだ。
「茉莉さんでしたね。あなた何を言ってるのか分かってるんですか!? リゼルさん大人しそうですけど意外と肉食系ですよ。ご主人という立場を利用されてあんな事やこんな事を命じられたらどうするんですかっ!? というか私が代わります。私にメイドをやらせてください!! そしてリゼルさん、私にあんな事やこんな事を命じて下さい。普通ならドン引きしそうな事でもやっちゃいますよ。さあ、何でも命じて下さい、さあ!! さあ!! さあ!!」
「アワワ……」
暴走してにじり寄るティさんに僕は後退る事しか出来ない。そんなティアさんの脳天にアンナがチョップを食らわす。ティアさんは頭を押さえてうずくまる。
「いい加減にしなさい!! 暴走欲情淫乱シスター!!」
「……イタ~い」
アンナは手甲を付けた上でティアさんに打撃を加えた。手甲は頑丈で重い事もあり鈍器といっても差し支えない。それなのに痛いで済んでるティアさんは相当頑丈だった。
「目が冷めまして?」
そう尋ねるアンナの声は冷ややかだ。
「はい、すみません……」
涙目のティアさんは己の不覚に恥じるばかりだ。
「次にお兄様、鼻の下を伸ばさない」
「えっ!?」
僕は無意識に鼻を押さえる。言われたからの反応で決してやましい事を考えていたわけではないのだがアンナはそう考えてはくれない様だ。
「語るに落ちましたわね、お兄様」
「誤解だ!! これはそういうのではなくて……」
「煩悩まみれのお兄様には少し痛い目を見てもらわないと……」
コキリコキリと拳を鳴らすアンナ。僕はこれから起こるであろう悲劇に悲鳴を上げそうにある。そんな僕を守る様にアンナに立ちはだかる。
「ちょっと退いてくださらない? これから少し躾けないといけませんから」
「そういう訳にはいきませんね。リゼル君はこれから私のご主人兼弟子になるのですから」
「? 主というのはまだ分かりますけど弟子というのはなんですか?」
「私が習得した武術、八重垣流合気術を教えるという約束をしていますので」
アンナは茉莉さんをマジマジと見ていたかと思ったらバカにするように鼻で笑った。
「八重垣流合気術? 聞いた事ありませんが戦えますの? さっき私と戦っていた時も手も足も出ず逃げ回っていただけですのに。そんな体術でお兄様を鍛える事が出来ますの?」
「出来ますよ。先程はあなたが何者か分からなかったから防御に徹していただけですし。逃げ回って疲れた所で話を聞くのが目的でしたから。敵と判断して反撃に転じるのなら数回は倒せてましたよ」
「……へえ。私相手に反撃する事が出来たと? 『剣姫』と呼ばれた私相手にそんな大口を叩けるとは……」
アンナは腰の長剣を素早く抜き刃を茉莉さんの首元に当てる。
「だったら証明してもらいましょう。私に勝つ事が出来たのならお兄様が主になるのも弟子になるのもなんでも許します。だけど私に負けるようならお兄様を諦めてもらいます。いいですね?」
「アンナ、何を勝手に……」
「いいですよ。私が負けたその時はリゼル君の元から立ち去ることを約束します」
「茉莉さんも勝手に決めない。お願いだから僕の意見も」
聞いてくれ訴えても二人は聞く耳を持ってくれなかった。二人に無視されいじけている僕の背中をティアさんが擦ってくれる。
「ティアさん……」
「リゼルさん……」
思いもよらずいい雰囲気になる僕とティアさんの首元に二つの刃が当てられる。
「何度も言いますけどこれから戦おうとしている者たちを無視してイチャつかないでくれませんこと」
「それは私も同意見ですね」
「そんな、最初に無視したのはそちらで……って茉莉さんが持っているのって」
僕の首元に当てられたのはジル・メーンが使用していた刀だった。
「茉莉さん、武器を使う事も出来るの?」
「八重垣流合気術は刀の術理を用いた武術ですので刀を使う事も当然出来ます。それにリゼル君の妹さんに認めてもらうには完膚なきまで倒す必要がありますから」
「武器一本持っただけで勝てると思うなんて……バカにしてくれますわね」
アンナの声色が変わった。明らかに怒りが混じっている。
(茉莉さん、挑発しちゃダメだよ……)
茉莉さんの実力を疑う訳じゃないけど相手は『剣姫』の二つ名を持つ僕の異母妹。そんな相手をどう戦いどう勝利を掴むのか。僕には全く予想がつかなかった。




