題名適当
僕は夏が好きだった。
君と覗きあったラムネ瓶も、君と走ったアスファルトも、君と眺めた入道雲も、君が作った星も、
君と探した小さな嘘の真実も
誰にも見せずに仕舞っておきたいくらい、
綺麗だった
_____ 好きなのは 夏 ?
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プールサイドに座り、誰も気づかれないようにそっと水に足を入れ、すぐにひっこめる。眩しすぎる太陽と、涼しい夏風。塩素の匂い。
また今年も夏がやってくる。
「おいっ、れーちゃん?みんなもう入ってるよ?」
隣…だと思っていたが、下の方から声がかかる。周りを見るとまだプールサイドに座っているのは僕だけらしかった。
慌ててプールに浸かる。
冷たい水を全身で感じた。
どこまでも泳いでいけそうだと感じるほどに心地がいい。
体育の苦手な僕だが、泳ぎだけは得意だった。
放課後、自由解放しているのを知っていた僕は1人、プールに向かっていた。
まだ梅雨が明けないこの時期のプールは寒く、人気がない。
夏本番になると混み始めるが、まだプール開き初日の今日、放課後のプールは僕1人だろう。毎年そうだ。独り占めできる。
そう思って目をやると、プールサイドに一人の女の子が座っていた。水着のラインの色からして同級生らしい。
1学年300人を超えるいわゆるマンモス校であるこの学校の中で、あまり社交的とは言えない僕。全員の名前なんて覚えていられない。
だとしても同級生なら顔くらい見たことくらいあるだろう。でも、彼女は見かけない顔だった。
白くて透き通るような肌と大きくて透明な目、長くツヤツヤした黒髪。何故か水着は着ているのにプール帽は被っていない。
こんなに可愛いなら噂にもなるはずなのに、初めて見た。
無意識に見つめていたら、彼女とふと目が合う。その場にまっすぐ立つのもままならないくらい強い瞳で僕を見つめ返してきた。正直、怖い。
授業は男女別だが、放課後や補習などは男女混合。この僕が女の子と2人でプールに入るなんて絶対に無理だ。帰ろうと思ったその時、後ろから声が聞こえた
「あ、あの、私、泳げないので。動かないから、気にしないで下さい」
彼女の声だ。聞きなれない声だった。たどたどしいのにトーンが高くも冷淡に聞こえるその声はアニメの登場人物のようで、驚く程に透き通っていた。
どうしていいのか分からず戸惑う僕とは反対に、彼女はただ足を水につけて一点を見つめ、何か考え事をしているようだった。
ここまで言わせておいて無言で帰るのはいかがなものか、という考えに落ち着き、結局僕は水着に着替え始めた。
本当は独り占め出来ることを期待していたが、彼女がいることで嫌な気はしなかった。
いや、彼女がいることを感じなかったのだ。
泳ぐことも潜ることもせず、かと言って足を上げるわけでもない。ずっと端っこに座っていた。
僕は広々と使えるプールを満喫した。
クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ、思いっきり体を動かすことが出来る。
夏の匂いが鼻をくすぐる。水中から透けて見える太陽は、水に映った月なんかよりずっと綺麗だった。このまま夏が終わらなければいいと思うほど。
存分に泳いだ頃、体も疲れてきた、そろそろ上がろうと思い更衣室に向かう。
入る前より何倍も冷たく感じる風が肌を撫でた。
「私、君に出会えて、また会えてよかった」
後ろから聞こえたような気がした。聞こえていた。僕はその場で3秒フリーズし、振り返らずに立ち去った。
怖い、緊張、驚き、色々な感情が混ざりあう。
彼女は誰だ?