伝説の始まり
「あぁやっちまった、どうしよう…」
アルバイト初日、俺は寝坊した。
鳴りやまぬ電話、きっとアルバイト先からだろう。
一言電話は入れるべきなのだろうが、そんな勇気がない。
俺の人生ずっとこんな感じだ。生まれてこの方何一つ継続し努力をしたことがない。25年間嫌なことから逃げ続け、職を転々とし、その全てがアルバイト。
「もういいや寝よう」
毎日こんな夢を見る。
そこに現れたのは一人の少女。
「君の名前は?」
答えてくれない。
こちらには振り向かず、顔もわからないその少女のことを毎日考えている。
目を覚ました時には、日付が変わっていた。
電話がかかってくることはなく俺は安堵した。
「腹が減った」
近くのコンビニへ行こう。
木造築50年広さは4.5畳ワンルームで壁は薄く隣の住人の話声がたまに聞こえる。床は所々カビが生えている畳の部屋。こんな安いボロアパートで俺は暮らしている。
10分程歩いた先にあるコンビニでのり弁を買った。コンビニ前でたむろしてタバコを吸っている若者たちがいる。
「チッ、うっせぇな」
小さな声でこう呟いた。最近の若者ってのは常識ってものを知らない。
「おい、てめぇ何見てんだ」
無意識のうちにこの若者たちを睨んでいた。
(マズい…)
逃げようとしたが足が動かない。怖い…。
学生時代のトラウマが蘇る。苦手だ、こういう連中が苦手なんだ。
よく見るとこいつら何かおかしい。挙動不審で呂律が回っていない。
「おぉい、こいつやっちまおうぜ」
信じられないことが目の前で起きている。
連中の一人がサバイバルナイフらしきものを取り出した。
俺はとっさに助けを求める為にコンビニの中へと駆け込んだ。
(店員がいない…。)
時計の針は深夜1時を周っている。レジカウンターの奥にある事務室の中で店員は呑気に座って寝ていた。
無職引き籠り。普段声を発する場がなくすぐに声が出ない。
「た…すけて」
小さな声でその店員に助けを求めた。店員はいきなり現れた俺に驚いた。
「え…」
この瞬間、まるで走馬灯のようにあの夢を思い出す。
少女は初めてこちらに振り向いてくれた。
が、強い光を発して俺は意識を失う。
何だが心地よく、温かい。
「あれからどうなった…?」
自分でもよく分からない。でも居心地がいい。
「ここは…?」
気付けば目の前に先程とは違う見慣れない景色が広がっている。
広大な草原。風が温かく気持ちいい。
確か、不良共に襲われてそこからの記憶がない。
何だか全てのしがらみから解き放たれ自由になった気分だ。
その場で寝てみた。
ずっとここで寝ていたいそう思わせてくれるような場所。
「うわあああああああああああああ!!!」
なんだ!?
声がする方へと振り向いた。そこにはさっきのコンビニ店員がいた。
「え…。どこなんだここは。助かった、のか?」
店員は動揺している。目の前の光景が信じられないのだろう。
彼は続けてこう言った。
「確か、ナイフで刺されて…。そこからの記憶がない。ここは天国か?」
おそらくハタチ前後の小太りな店員。彼は俺に気づいて話しかけてきた。
「きみは?そうだのり弁の」
「あ、はい」
とっさに話しかけてきた彼の言葉に対してこう返答した。
俺も動揺しているがこの店員よりは冷静でいられている。
「ここはどこなんですか?いったい」
俺に聞かれても困る。
「ごめん、俺もわからないんだ」
俺の言葉を聞いて彼は少し冷静になった
「僕は木村と言います。あなたは?」
「俺は…石川」
「石川さん、少し歩きましょうか」
広大な草原を二人で歩く。なんだか気持ちが悪い。
1キロ程歩いて木村がいきなり大声で叫んだ。
「石川さん!あれを見てください」
彼が指さした方向に5、6人程の人達がいた。
「君たちもかい?」
そう言葉を発したのは60歳くらいの老人。
「僕はね、癌で余命宣告を受けていたんだ。急に痛みが増して倒れたところまでは覚えてる」
彼は唐突にこう言った。
40前後の男がこう言う
「俺はギャンブルで借金を重ねた。どうしよもない自分に絶望して練炭自殺をしたんだ」
「だがしかし俺はここにいる。そうだ!ここは天国だもう何物にも囚われることなく自由でいられる!」
俺は混乱した、目の前で起きている事や彼らが発している言葉が理解できずにいる。
(ここはいったいどこなんだ・・・)