第六話 非常な結末
後ろから、捕食者の息遣いが聞こえる。それでも今は恐怖より優先すべき感情が、目的がある。だから足は止められない。
「高崎君!!」
そこでようやく、氷藤の声が聞こえた。やった。到着した。
「頼む!!氷藤!!」
――ピイイイイイィィィィ
『ゴ!?』
「くらえ!!」
高い音が、森中に響き渡る。やった。熊は足を止めた。
これが最後の策、スマートフォンのアラーム機能を利用した熊鈴。
熊の嫌う、高音が、荒れ狂うこいつの足を止めた。
半信半疑の賭けではあったが、熊が足を止めたことで、木の上に待機した野田達から石や丸太が投下された。
『ガ……ガ……』
降り注いだ重量物にようやく熊は地に伏せた。
体のあちこちを強く打ってもうまともには立てないだろう。俺達の勝ちだ。
「高崎君。下手に近づかない方がいい。動物は手負いの方が危険だよ」
「……ハア……ハア……お前のおかげだよ。こいつを倒せたの。ありがとな。氷藤」
「……一番頑張ったのは君じゃないか。もっと胸を張りなよ」
「おーい、氷藤! 俺どうやって木から降りればいい?」
肩で息をしながら俺と氷藤が話していると、木の上から西園寺歩が声を張り上げた。
どうやらあいつも、木の上で待機していた奴の一人だったようだ。
だが、下に熊がいることで降りられなくなったらしい。
「梯子かなんかないかなー?」
「分かったよ。西園寺君。少し探して……」
『ガ……グルガアアァァァ!!』
突然、熊が起き上がり、西園寺のいる木を揺らし始めた。
その行動に、俺も氷藤も驚かずにはいられなかった。
「あのクソ熊、まだ動けるのか!!」
「高崎君! 何を……!?
俺はレイピアを再び握り締めて、熊に向かって走った。
「ひ……た……助けて……」
「待ってろ! 今助ける!」
西園寺は揺れる木につかまって助けを求めている。
そんな西園寺を助けるため、俺はレイピアを熊の腕に突き刺した。
『ガアアァ!!』
だが、熊は意に介さずに気を揺すり続ける。
「!? この……! 手を放せ! この野郎!!」
何度も突き刺す。だが、熊は止まらない。
そしてついに、木の方が折れてしまい、西園寺が地面に投げ出されてしまう。
地面に落ちて動けない西園寺を熊は見逃さず、その牙で西園寺の脇腹に食らいついた。
「あああああああああああああッッ!?!?」
「やめろおおおおおお!!」
西園寺の絶叫と、俺の叫びが森中に響き渡った。
だが、熊は俺など意に介さずに西園寺を食べ続けている。
腕ではなく頭を刺しても、熊は止まらない。
「あ……あ……」
「この……やめろ!! やめてくれええええ!!」
何度突き続けたかはもう分からない。
ようやく熊が動かなくなり、地面に大きな音を立てて倒れた時、西園寺の身体は二つに分かれてしまっていた。
「西……園寺……」
救えなかった。俺のせいで、クラスメートが一人、死んでしまった。
俺は地面に崩れ落ち、蹲った。
ただ……その後悔を吐き出すために。
そんな無力な男の慟哭は……森の音にかき消され、遠くへとは届かなかった。