第六十五話 突撃
「……そんなの、分からねえだろ!?」
「ああ。だから賭けなんだ。でも、そこまで分の悪い賭けじゃないと思う」
「そこでいいの!? 違っていたら私達……」
「第一、どうやってそこにバレット・サードを撃つ!? 地上からじゃ届かねえぞ!!」
氷藤が説明した場所。そこを狙う理由を説明されたが、納得できずに俺は反発する。
なぜなら、その場所が本当に氷藤の言う通りの機能を持った場所なのかが分からないのだ。
おまけに、【カナリヤ】は巨大だ。俺の魔法じゃ氷藤の指定した場所を狙うのは難しかった。
「高さについては、僕が何とかする。江藤さんがやったみたいに、アイスランスを地面に撃ちこんで足場にするよ」
「ッ……!! だが、もしお前の予想が外れていたら……」
「その時は、また考えよう。頼む。今度は、僕の考えに命を預けてくれ」
「……」
すぐに答えることは出来なかった。
外れていれば、死。疑いようもなく。
だが氷藤はただじっと俺の目を見ていた。まるで俺に全てを託すような、そんな目で。
そんな奴に命を預けてくれなんて言われたら……答えは一つしかなかった。
「……ああ、くそっ……、分かったよ。氷藤」
「! 高崎君……!」
「さっき俺がそう言った時にお前が真っ先に賛成してくれたもんな。だから今度は、俺が一番に賛成してやる」
「……ありがとう」
「……本当にやるんだね? 高崎君」
「ああ。どの道、俺達は動くしかない。矢島さん、氷藤を信じてみよう」
俺と氷藤は矢島さんを見る。さっきも、男子が先に賛成し、女子が後に同意してくれた。
だから同じように――
「ダメ」
だが、矢島さんは首を振った。
「矢島さん! もう時間が――」
「死んじゃ、ダメ。高崎君、氷藤君。絶対に生きて帰る。それが条件だよ」
「!!」
「私もやるよ。でも、お願い。絶対に死なないでね。生きていれば、私が治せるんだから」
矢島さんは首を振った後、そう言って立ちあがり、俺達を見た。
死んでほしくない。俺達に自分の思いをそう伝えて、彼女も氷藤に命を預けることを決めてくれたようだ。
俺達は互いに頷き合い、外に出た。
「……もう、すぐそこだ。頼んだよ、高崎君」
「ああ。……これが、最後の戦いになる。行くぞ、二人とも」
「うん。高崎君。任せたよ」
俺達が交わした言葉はそれだけだった。
もっと多くの言葉や感情が必要なのかと感じたが、敵を前にして仲間に語ることは、それほど多くは無いようだ。
二人に背中を預け、俺達は【カナリヤ】に向かって走り出す。
『《天恵》』
「吹き飛ばすぞ! バレット・セカンド!!」
「セイント・バースト!!」
「アイスエッジ!!」
俺達が走り出したのと同時に、【カナリヤ】は大きく羽ばたいて羽を飛ばしてきた。
触れれば消滅する、死の羽。
しかし氷藤の予想通り、俺達に降り注いだその羽は魔法で吹き飛ばせるようで、最初に見えた大量の羽を突破することが出来た。
「高崎君! 君は出来るだけ魔法を節約してくれ! 最後の一撃を確実に決めるために!」
「ッ……!? だが、そうしたら羽が……」
「私たちが道を切り開く! 高崎君、走って!!」
「いけ高崎君! もう敵が目の前にいるんだ!」
「クッソ……!! うおおおおお!!!」
俺は二人を信じ、ただ前へと駆けた。
【カナリヤ】は俺が近付いてきているのに焦る様子もなく、ただ羽を散らしている。心の無い、無機質な人形。例え両腕を破壊されたとしても、動じることなくただ機械的に殺戮を繰り返す兵器。俺はこの時、こいつをそう評価した。
そしてまた、羽が俺へと降り注いできた。
「ぐッ……!! 頼む! 氷藤、矢島さん!!」
俺が後ろにいる二人にそう叫ぶと、二人の魔法が俺を横切り、俺の前に道を作り出した。
そして……
「来たぜ……ようやく、ここまで……!!」
俺は襲い来る羽を突き抜け、ようやく【カナリヤ】の足元に到達した。
ここまで近付くと、如何にこいつがデカいかが良く分かった。無理矢理見上げて、ようやく全身を視界に収めることが出来る程だった。
走りながら、俺は後ろに控えている氷藤を振り返る。
もうすぐ、氷藤が足場となる魔法を放つ。タイミングを合わせて――
「氷藤君!? 大丈夫!?」
(!?)
突然、後方で矢島さんが氷藤の名前を叫びだした。
驚いてブレーキをかけ、氷藤を見ると肩を抑えてしゃがみ込んでいた。
肩を抑えている手は赤黒く濡れ、氷藤自身も苦痛の表情を浮かべている。
「氷藤!? まさか、羽が……」
「止まるな、高崎君! 今魔法を……」
『《天恵》』
俺が氷藤を見ていた隙に、【カナリヤ】は再び羽ばたき、羽を降らせた。
だが、足元にいる俺ではなく、明らかに【カナリヤ】は氷藤と矢島さんのいる場所を狙って羽を降らせていた。
「うおおっ!? ぐ……! 二人とも!!」
「セ、セイント・バースト……きゃあっ!!」
「……クソっ! アイスエッジ!!」
そして、この至近距離では羽ばたきによって生じた風圧も武器になった。
俺は何とか道路標識に摑まって吹き飛ばされずに済んだが、氷藤と矢島さんはそれをする間もなく、遥か後方へと飛ばされてしまった。
「てめえ……、分かってやったな……!!」
【カナリヤ】は見抜いていた。俺一人では、大した攻撃は出来ないと。
俺に片腕を破壊されておきながら、真っ先に俺を狙わず、補助役である氷藤を狙ってきやがった。
恐らく、【カナリヤ】は二度俺と対峙した時にバレット・サードの威力と射程を凡そ掴んでいたのだろう。
そして、地上からの攻撃ならば俺の魔法は脅威ではないと判断した。
まさに機械らしく、合理的で冷酷な判断だ。
「くそ……だが、やるしかねえ……」
そして実際その通りだった。俺の魔法では氷藤が指定した場所には届かない。
だが、ここは敵の目の前。もう、撃つしかない。
「バレット・サー……」
俺がバレット・サードを唱えようとした時、突然空から大剣が降ってきて、地面に突き刺さった。
「! これは……!?」
「正真! 飛べ!!」
何処からか声が聞こえてきた。聞き覚えのある声が。
ああ、間違いない。親友が、また俺を助けてくれたようだ。
「おう! 行くぜ、東悟!!」
俺は大剣の鍔の部分に勢いよく足をかけ、空へ跳びあがった。
舞い上がった体を制御し、目的の場所を狙う。
これなら、届く。
「【カナリヤ】……くらえ、バレット・サード!!」
その言葉と共に、俺はバレット・サードを敵の『心臓』めがけて打ち込んだ。




