第五話 氷藤の策
熊が小屋の中に顔を出した。やはり、次なる獲物を追ってここまで来たようだ。
熊は周囲を見渡して『餌』を探す。よし、俺にはまだ気付いていないようだな。
それよりも先に、熊は目の前のモノに気が付いた。
奴の目の前には、弁当が置かれていた。
この弁当はクラスメートである西田ゆかりがここに来た時に一緒に持っていたものだ。
「さあ……! 食いつけ……!」
熊は弁当を食べようと顔を近付けた。
だが、その巨体が災いして、体が扉の縁に引っかかってしまっていた。
そのギリギリの距離にある弁当に熊の口は届かない。熊は何とか体をよじって、少しずつ、弁当へと口を近付けた。
そしてようやく食らいつこうとした、その瞬間。
(今だ!!)
物陰から飛び出した俺は、レイピアで熊の右目を貫いた。
『ガ!? ガアアァアア!?』
これが氷藤の熊殺し、第一の策。
片目を貫かれた熊は悶絶し暴れまわり、小屋の扉を破壊した。
それを見て、俺は急いで裏口から小屋を飛び出す。
「東悟! 今だ!!」
「おう! 任せろ!」
ここからが第二の策。熊が暴れたことで、小屋の入り口は破壊された。
だがそれは同時に、熊を小屋の中に入り込ませたという事だ。
「潰れやがれ!!」
熊が来る少し前。東悟はあいつの身の丈ほどもある大剣を斧のように使って、小屋近くの木々をギリギリ倒れないようにしていた。
そして今、最後の一撃がその木に向かって放たれた。
音を立てて倒れた大木は、小屋の方へと向かい―
『ゴ!? ガアアァァ……』
小屋ごと、あの熊を押し潰した。これだけやれば、無事では済まないだろう。
熊の叫びを最後に、辺りは静かになった。
隠れていた他のクラスメート達も顔を出し、晴れやかな顔で俺たちを見る。
成功だ。あの熊を倒すことが出来た。これで……
――パラッ
「「「ッ!?」」」
小屋の残骸が僅かに動いた。まさか。死んだはずだ。やめてくれ。
そんな俺の願いを無視して、倒壊した小屋の中から白い熊が顔を出した。
身の毛もよだつ程の、、叫びと共に。
『グ……グルオオオオォォォォ!!!!!』
熊は、怒りに狂っていた。その感情を代弁するかのように、鋭い牙が俺達に向けられていた。
そして、熊は左しか見えない視界で俺をギロリと睨みつけた。
『ガ……ガアアアア!!!』
「う!? まずい! 逃げろ皆!」
瓦礫を押しのけて熊は俺に向かって突進してきた。
先ほどまでの、のっそりとした動きではない。想像以上の速さで熊は俺へと迫ってきた。
「ぐッ!?」
急いで逃げるが、当然振り切ることは出来ない。
しかし、俺は走らなければならなかった。氷藤の第三の策。
小屋を倒壊させて熊を殺せなかった場合の、正真正銘最後の作戦。その位置まで、全力で走る。
「うあああああ!!」
怖い。死にたくない。でもそれ以上に、誰も死なせたくない。そのために、こいつを倒す。だから全力でその位置めがけて走る。
しかし熊は、俺のすぐ後ろまで迫っていた。