第五十六話 出発前の衝撃
見抜かれていた。セントラルに、俺達の根源の思いを。
「分かるよ。僕だって死ぬのは嫌だから。いや、そうじゃないな。死とは敗北だからね。僕は生きていたいなあ」
「敗北……? 何言ってんだ? お前」
「敗北さ。死んだら何も出来ないじゃないか。汚点と言ってもいい。僕にとって、死はこれ以上ない程の屈辱だよ」
死とは敗北。死とは屈辱。
それがセントラルの死生観。こいつは何よりも、自分の生を優先する考え方をしている。
「だから死者とは弱者を指すんだ。前にも久木原君に言ったでしょ? 人は皆何かに負けて死んで行くからね。寿命、病気、怪我、魔物……いろいろあるね。君達の仲間は扉の先に居た敵に負けたから死んだんでしょ?」
セントラルは扉のある方向を指さし、皆を弱者と切り捨てた。
俺と東悟はその物言いに我慢できず、セントラルに口角泡を飛ばす。
「セントラル、口を閉じろ!! 死んだ皆は決して弱者じゃない!!」
「知った風な口をきいてんじゃねえぞ……!! 今度は本当にぶった切られててえか!?」
「そんなに熱くならないでよ。……ひょっとして図星?」
「ッ……!!」
もう、我慢の限界だった。セントラルを掴む手にはさらに力が入り、空いた方の拳は硬く握りこんでいる。
俺達が何を言っても、こいつはヘラヘラとしてその態度を変えない。
その顔が目障りで、殴りかかろうと大きく振りかぶったとき――
「――やめておいた方がいい。高崎君」
「氷藤!? 何で……」
「久木原君もだ。もう、試練の前だ。こいつに魔法でも打たれたら、大変じゃないか。……だから、殴るのはよした方がいい」
「ぐ……! だけど氷藤! お前はどうなんだよ!? あいつの言葉、お前は我慢できるのかよ!?」
「僕だって……死んだ皆を馬鹿にされるのは辛いさ。けど、今の敵はこの男じゃない。僕達が戦うべき相手は、【カナリヤ】だ」
「えっと……そろそろ、手を放してもらえる?」
氷藤に諭され、振り払うようにセントラルから手を放す。
確かに、氷藤の言う通り、セントラルの攻撃を受けてしまえば今日の試練に支障が出て、皆に迷惑をかける事になる。
それだけは、確かに納得できる事だった。
だが、何よりも納得できないのは、氷藤がセントラルを否定しなかったことだ。
俺達がセントラルと言い合っている間、こいつは黙ってそれを見ているだけだった。
「けほっ……! いや、慣れないね、こういうの」
「氷藤……お前、何を考えている?」
「言ってる意味が分からないな、高崎君。僕は別に変なことは……」
「何で俺達がこいつに詰め寄ってる時、お前は何も言わなかったんだ?」
「……」
「氷藤! 答えろ!」
「あー、ちょっといいかな?」
氷藤は、だんまりを決め込んで答えない。
その理由を追及していると、今度はセントラルが話に割り込んできた。
「何だよ!? 今話しているだろうが!!」
「いや、僕が代わりに答えようと思ってさ。……氷藤君って、案外僕と似た考えをしてたんだよ」
「!? 何言って……」
「だからさ、氷藤君は皆が死んだことにさほど心を痛めていないって事だよ」
唐突に、セントラルの口から語られた言葉。
俺と東悟はその言葉に驚愕し、氷藤を見る。
嘘であってほしい。そう願う。お前が仲間の死に何も感じていない。そんな話は、セントラルのでっち上げであってほしいと願って。
だが、氷藤は俺達の思いを裏切るかのように……ただ目を逸らした。
「!? 氷藤! 何か言ってくれよ! おい!」
「おい……今の話マジじゃねーよな……!?」
「マジもマジ。大マジだよ。彼の態度がそう言ってるじゃない」
セントラルの話など耳に入らない。
信じられなかった。こいつが、セントラルと同じ考えだなんて。
氷藤の肩を揺らす。何か答えてほしかった。ここまで一緒に戦ってきたこいつに、俺達を助けてくれたこいつに、反論してほしかった。
しばらくそうやって揺らしていたら、氷藤が力なく口を開いた。
「……違う」
「! 氷藤! 今なんて……」
「僕とお前は、違う……」
あまりにもか細く、弱々しい声。まるで、無理やり放り出したような声だった。
「お前となんて……」
「まあ、そうだね。正確に言えばただ一点、僕と氷藤君は違っていたからね。……おっと、そろそろ出発の時間じゃないか?」
「あ、高崎君達、ご飯は食べ終わった……。えと、何かあった?」
「氷藤君、あなたはどうしてそんなに元気が無いのかしら?」
矢島さんと白川さんが扉の先から帰ってきた。
二人は、試練の為に俺達がここに居る間に森の中で調整をしていた。今、ようやく帰ってきた所だった。
そんな二人に、試練の前にも関わらずこんな場面を見られてしまった。
「……いや、少し緊張していただけだ。問題ないよ、白川さん」
「!? 氷藤、お前……」
「……彼女達には心配をかけたくない。僕の方は大丈夫。決して、あいつと……セントラルなんかと僕は同じじゃない」
突然、氷藤はいつもと変わらない表情を見せ、白川さんに問題ないと伝えた後、その急激な変化に驚く俺と東悟に小声でそう説明した。
だが、その説明をする際の言葉には、いつもの氷藤らしい感じがしなかった。
「……そう。少し休憩したら、今度こそ出発しましょう。高崎君達、今の内に準備は済ませておいてね」
「そういう事だ。高崎君達も、心配しなくていい。僕は君達の『仲間』だよ」
仲間、という部分を妙に強調して、氷藤は俺と東悟を後にした。
残された俺達は、氷藤の事が分からなくなり、ただ困惑していた。
「――皆、揃ったわね。それじゃあ……気合を入れて」
十分後、氷藤が戻ってきたのを確認した俺達は、最後の扉の前に居た。
戦いの前。皆の表情は戦意と緊張が半々と言った様子だった。
「……氷藤」
「高崎君。僕も、終わったら君達に話すよ。……だから今は、さっきの事は忘れてくれ」
ちらりと横に居る氷藤を見て名前を呟くと、どうやら向こうも聞こえたらしい。
僕も、皆に話す。それはつまり、俺達に言えないこと、隠している事があったという事だ。
その事に俺はショックを受けるが、それでも、こいつは話すと言ってくれた。ならば、信じるしかない。
「いいわね? ……準備は出来たかしら?」
「ああ。この戦いを終わらせよう」
「うん。絶対に勝とうね、皆」
「おしっ!! 気合十分だ!! いつでも行けるぜ!!」
「高崎君、あなたはどう?」
皆、覚悟が出来たらしい。
俺は頬をぺチリと強く叩き、笑顔で皆に返す。
「オーケーだ。生きて帰ろう。皆」
その言葉で、俺達は最後の戦いの場へと赴いた。
「これが、最後の戦いか……。見せてもらおうか。高崎君。君がどのような『答え』を出すのかを」




