第四十四話 良き夜
大広間で星を見終えた俺達は家来の一人に案内され、寝室まで連れられた。
建物の構造はなんとなく頭に入っていたから不要だと俺達は言ったが、【黒】は主人の務めと言って聞かず、それに俺達は結局従ってしまった。
寝室として用意された部屋は二部屋あったから、家来はもう一部屋へと案内しようとしたが、白川さんがその申し出を断った。
「必要ないわ。……全員、ここで寝るから」
その発言に俺達は目を丸くした。
いや、何を言ってるんだ、白川さん。どう見ても、ここにそんな人数は入らない。
それに、男女が一緒というのは……
「……何?」
その時、反対しようとした俺を、白川さんが睨みつけてきた。
「文句あるのかしら? ええ?」そう言いたげな目だった。
毎度のことだが、彼女はこういう時に真っ先に俺を睨んでくる。
もう勘弁してくれ。そう内心で願っても、どうやら彼女は止める気はないらしい。その気迫に押され、俺は前屈みになっていた体を戻して座り直す。反対意見は、出てこなかった。
家来は少し不服そうにしていたが、そう言う事ならと頷き、寝室を出て行った。
パタリ、という音と共に障子が閉じられ、家来が廊下を歩く音が遠くなっていった時、白川さんが、小声で浅尾に尋ねた。
「……浅尾君、部屋の周りには、誰もいないかしら?」
「え? あ、ああ。特に何も感じないけど……」
「そう。それなら皆。話し合いましょう。あの敵を、どう倒すかについて」
声のトーンは少し抑えて、白川さんはそう言って俺達を見る。
どうやら、彼女が部屋は一緒でいいといったのは、この作戦会議を開くためだったらしい。
それを聞いて、ああ、そう言う事だったのかと安心して息を吐く。同時に、自分の勘違いについて恥ずかしくなり、顔が少し熱くなった。
「……高崎君、誤解してなかったかしら?」
「い、いや、全然!? 勿論分かってたぞ!?」
「声を落として。敵に気付かれるわ」
焦って反論して、注意された。
そうだ。今は、あの空間での話し合いとは違う。近くに、敵がいる。そいつらに聞こえないように話さなければならなかった。。
「妙に関わっちゃったけれど、【黒】は敵よ。私たちが生き残るために、倒さなければならないわ」
「……そうだな。でも、どうやって倒せばいい?」
「後ろから襲い掛かろうとした時も、直前で気付かれたよな。奇襲はダメってことか?」
「で、でも……真正面から戦って、勝てる相手じゃ……」
「うるせえ! やって見ねえと分からねえだろ!?」
「なあ、無理なんじゃ……」
声は立てない。けれど、皆の思いは一緒だった。
驚く程に、【黒】は隙が無い。けれど真っ向勝負では、絶対に勝てない。
そう、勝てない。今までの敵のように、明確な弱点や油断の類は【黒】には無い。俺達があんなに接近しても、攻撃に移れなない。させてくれない敵を、一体どうやって倒せばいいのか。
悩んでも、答えは出ない。だから……
「氷藤。……何か思いつくか?」
「今言おうとしたんだけど……鋭いね。高崎君」
俺だけじゃ、作戦なんか思いつかない。
だから誰かの、皆の力を借りるしかない。
この中で一番の頭脳に、全てを託すしかない。
結果、俺の考えは正解だったらしい。氷藤は俺に言い当てられた事に驚きつつも、皆に作戦を伝える。
内容は、かなり綱渡りの計画だった。破綻すれば、全員死んでしまうかもしれない。
「やろう」
でも、それしかなかった。氷藤の話に、全員、命を懸けた。
――そうして、俺達は行動を開始した。
「……邪魔するぜ」
『……ほう』
大広間で一人、盃を含んでいた【黒】は、突然部屋に入ってきた東悟を見て、少しだけ笑みを零した。
それは、今日は自分の元を訪れないと考えていた東悟が来たことに喜びを感じているように見えた。
敵の間合い、そのギリギリ外を見極めて東悟は【黒】の前に胡坐をかいて座る。
『……どうした? 眠れぬか?』
「いや。……迷惑だったか?」
『そんなことは無い。歓迎するぞ。……嗚呼、良き夜だな』
冷たい風が吹いて、巻き上げていた簾が少し揺れる。
その風に反応するかのように外を見た【黒】は夜空を見上げ、東悟に語り掛けるように、話を続ける。
『実に、良き夜だ。……数百年ぶりに、誰かと共に夜を超えられる』
【黒】は、盃を軽く口に当てる。
再び吹いた風が、盃の中を揺らして波打っている。
「なあ、先に、謝らなきゃなんねえことがある」
『……申してみよ』
「俺らは、あんたを殺しに来たんだ。……客ってのは、嘘なんだ」
一際大きな風が、ビュウっと大広間へと吹いた。
東悟の言葉を聞いた【黒】は、怒るわけでもなく、ただ静かに盃を口にするだけだった。
『……そうか。……ならば、そなたは何故我の前に姿を見せた?』
空いた盃を畳へと置き、【黒】はじっと東悟を見据えている。
なぜ、わざわざ姿を見せてまで敵対を伝えに来たのか。
東悟は、その問いにフッと笑って答えた。
「単純だ。あんたには世話になったからな。その礼だよ。黙ってあんたと戦っちまったら、失礼だろ?」
『……成程。義理を通しに来たか』
「そうだな。悪いな。あんだけ世話になったのに」
『謝る必要はない。……それでは、始めるか』
穏やかに、話が続いた。長年連れ添った友人同士。そんな雰囲気で、二人は語り合った。
しかし、遂に【黒】が脇に置いてある刀を手に取り、立ち上がってしまった。
そこには、今さっきまでの穏やかさは欠片も無かった。
【黒】は、ただ純粋な殺意を身に宿し、目の前の東悟を見据えている。
それを受けて、東悟もゆっくりと立ち上がり、背中の大剣の柄へと手を伸ばす。
東悟もまた、戦意に満ちた表情で相手を見ていた。
『……一つ、先に聞いてよいか』
「何だ? 手短に頼む」
『今日の漬物。あれは、我の自作なのだ。……味を聞きておきたい』
とても戦いの前にするとは思えない質問。
だが、この二人にとっては、それは重要な意味を持つのだろう。
一拍、東悟は呼吸を置いて、答えた。
「……最高だったぜ。もう食えないのが残念だが」
『ああ。我も残念だ。良い客人に巡り合えたと思ったのだが』
そうして、二人は互いに武器を抜いた。




