第四十三話 会話
この料理は、食べられない。いや正確に言えば、食べてはいけない。
どんな考えを持っていようと、どれだけ丁寧にもてなされようと、俺達はこいつと戦わなければならない。
それに、ここは敵の本拠地。迂闊な真似は出来ないが、俺達が隙を見せるわけにはいかない。例えば、毒の入っているかもしれない料理を食べるとかは。
「……浅尾。何か、匂うか?」
「いや、普通の料理って感じだけど……、毒のニオイとか分かんねえよ」
小声で浅尾に尋ねるが、やはり判別は出来ないか。
こんな時に岡崎さんがいてくれたら、彼女の魔法で毒が入っているかを確かめられたのに。
今はもういない仲間を惜しむが、ともかく、俺達は一人も目の前の料理には手を出さなかった。
『どうした? 箸を持たぬが』
「あんたの話は良く分かったよ、けれど……これは食べられない」
『ふむ……理由を聞いてもよいか?』
「何が入っているか分からないからだ。見た目とか、味がどうとかじゃなくて、この料理に」
単刀直入に、俺は敵に言った。
『ほう……、成程、我等が毒を盛っているかもしれない、と……?』
「それは分からない。けど……」
『いや、良い。警戒するのも無理はない。確かに、そなた等から見れば、我等は信ずるに値せぬかもしれぬな』
そう言って、近くに置いてあった東悟の汁を自分の汁物の蓋に注ぎ、一気に飲み干した。
同じように、家来たちが俺達全員の食事を少しずつ皿に取り、口に含む。
『この通りだ。安心せい。毒など入っておらん』
毒は入っていない。それを証明するための行動。
いや、まだ分からない。敵が毒に耐性を持っていたり、事前に薬を含んでいた可能性だってある。
いくらでも、言い訳は出来る。
毒など入っていないと主張する敵と、疑う俺達。その均衡は、腹の音によって打ち崩された。
「ああー……それじゃ、食わせてもらうわ」
「!? 東悟!? 何言ってんだ!?」
「久木原君! 止めなさい!」
「うるせえ! もう限界だぞ! 俺達ここに来てから、リンゴと魚しか食ってねえじゃねえか!」
俺達の食料には、あの後森で見つけたリンゴの他に、川で捕まえた魚も入っていた。
だが、その川で見つかる魚は小さく、その上動きが速いため、素手で捕まえるのはかなり難しい。そのため、魚の方はあまり手に入らず、リンゴだけで凌いでいた俺達の腹は限界に近かった。
東悟は制止する俺達の言葉を跳ね除け、勢いよく料理を口に入れた。
「ッ……! 東悟!」
『ほう……、いい食いっぷりだな』
「…………うめえ。うめえぞ! おい!」
ガツガツと料理を口に入れていく東悟の箸は止まらず、たった十数秒ほどで完食してしまった。
「おい、まだあるか!? 腹が減って仕方ねえぞ!」
『良かろう。おい、持ってきてやれ』
開いた皿が下げられ、また同じ料理が東悟に出された。
しかし、その度に数秒程で食べきってしまう東悟に、敵の家来たちも大慌てで食事を運んでくる。
いつしか、東悟の周りは大勢の家来たちで囲まれていた。
「足りねえぞ! もっと持ってこい!」
『ふははは! 面白い! 面白い男が来たものだな!』
「この漬物とかマジでうめえよ! どうやって作るんだ!?」
『ほう!! 分かるか。それはだな……』
何故か、敵と東悟の会話が弾んでいる。
豪快に笑い合う二人を見て、俺達はただ困惑するしかない。
「……高崎君、どうにかして。友達でしょ」
「い、いや……、どうにかって言われても……」
「久木原君って、大胆だね……」
「ああ、流石番長って感じだ」
「いやでも、敵とあんなに親しくなるか? 普通……?」
その後も、敵は東悟を気に入ったのか、さらなる料理を勧めたり、酒を振舞ったりしていた(飲もうとしていた東悟を、俺達は全力で止めた)。
東悟も気前よくそれらに応じ、敵と楽し気に語り合っていた。
そんな東悟を見て、いろいろ心配して俺達も馬鹿らしくなって料理に手を付けた。
敵の言う通り、毒は入っていなかった。それどころか、見た目に反してかなり美味しく、空腹のせいもあっていくらでも食べられる気さえしていた。
結局、俺達は家来の一人が食材が無くなったことに文句を言いに来るまで、出された料理を堪能し、夜までそこに滞在してしまった。
『見よ。この夜空を』
「……おお」
「綺麗……」
あたりがすっかり暗くなり、蝋燭で照らされた大広間の縁側の先で、【黒】が簾を引き上げる。
その先に見えた夜空には、色とりどり、無数の星々が散りばめられていた。
俺は、それが夜空と言いうキャンパスに描かれた絵画のように感じた。
空気が澄み、余計な光に干渉されずにその光を見せる星々は、まさに幻想的というにふさわしく、今まで見た夜空以上に俺達は心を奪われた。
『……数百年ぶりだな。客人にこの景色を見せたのは』
「……え?」
夜空を見上げていた俺達の隣で、【黒】が小さくそう零した。
それに反応した俺に【黒】は気付いたようで、さらに言葉を続ける。
『その頃は、こうして客人と共によく夜空を見て酒を酌み交わしていたのだ。だが、ある時を境に……ふつと誰も来なくなってしまった。だから、そなた等はそうなって以来初めての客人なのだ』
しみじみと、思い返すように【黒】は語る。
数百年。この敵は数百年、いやそれ以上の年月をこの場所で生きてきた。
それは……他の敵も同じだったのだろうか、俺達が倒してきた、熊や龍、霧もまた、こいつと同じように長い年月を生きてきたのだろうか。
そこでふと、あの空間の事が頭をよぎった。
セントラル。あいつは一体どれくらい、あの場所に居るのか。
試練について説明された時も、まるで見てきたこのような口ぶりで話していた。
「数百年、か……」
そして、謎の数百年の空白。セントラルは、こいつの元を訪れなかったのだろうか?
その謎が、今の俺には引っかかった。




