第三十六話 それぞれの動き
俺の後は、白川さんの番だった。
「そうね……、いろいろあるけれど、やっぱり自分のベッドで寝たいわ」
火に薪を入れながら、そう言って白川さんは俺の方を向き、少し笑った。
学校では、俺なんかがとても話しかけられない程の才色兼備の彼女。しかし、此処では一転して弱さをさらけ出し、身勝手さが目立ちながらも皆を纏めるリーダーを務めている。
この場所に来てから、一番関係性が変わったのは、彼女だった。
「じゃあ、次は矢島さんね」
白川さんは、矢島さんの名前を呼んだ。
矢島さんとも、少し距離が近くなったかもしれない。
初日、一人でいた俺の元に来て励ましてくれ、『霧』との戦いの前にも励ましてくれ……。ああ、彼女に励ましてもらってばっかりだな。俺。
いずれにしても、いつかちゃんと矢島さんにも恩返しをしたいと思う。
「えっと、……私、お姉ちゃんと喧嘩してそのまんまだから……、帰って、ごめんねって言いたいかな」
中央で燃える焚火を見ながら、矢島さんは自分の思いを伝えた。
「そっか……」
「うん。よくお姉ちゃんとは二人で家にいるんだけど、ここに来た日の前の日に喧嘩しちゃって、仲直りできてないんだ。……今考えたら、些細なことで喧嘩してたなあ……」
そして、いよいよ、最後の男の番になった。
「……僕か」
氷藤が、姿勢を整えて俺達を見る。
「……本が、読みたいな」
そこで、氷藤の言葉は終わった。
火は、それを聞き、一際大きな音を立てて燃え上がった。
「明日は、休みましょう」
部屋に戻る道中、大広間で白川さんがそう提案した。
「体を休めて、準備を整えてから、次を戦いましょう」
「そうだな。服も随分と汚れちまったし、洗わねえと……」
そう言って、野田は来ていた制服の袖を見た。
俺達の制服は、もう何日も着たままだ、戦いのときについた汚れや汗、そして……血がべっとりとついて、簡単には落ちそうにない。
明日は、この汚れを川で洗い流す必要がありそうだ。
「それじゃあ、皆、おやすみ」
「ああ」
「お休みなさい」
男女に分かれ、それぞれの部屋へと戻る。この場所で交わされる会話の数が、日を経るごとに減っていく事に、少しだけ心が痛んだ。
「? どうした? 氷藤」
「ああ……高崎君。先に行ってといてくれ。……すぐに戻るから」
「そうか? まあいいけど」
氷藤のこの行動を、この時は気にも留めていなかった。
俺が部屋に戻る前、そこで氷藤から目を離した時、あいつは瓦礫のある部屋を見つめていた。
「なあ……いつまでこの姿でいりゃいいんだ?」
「あと、二時間くらいじゃねえか?」
俺達男子は、今全裸……いや、大事な部分は葉で作ったもので隠しているが……ともかく、服を着ていなかった。昨日着ていた制服を川で洗い、干して乾かしている最中だったからだ。
洗濯物というのは、すぐには乾かない。だからあと数時間は、この姿でいなければいけなかった。
「そういえば、氷藤。昨日あの後何してたんだ?」
「……別に。少し、考え事があっただけさ」
氷藤は、あの後三十分ほどしてから部屋に戻ってきた。
帰って来た時の氷藤の顔は、皆と分かれた時より――とても、悲し気に見えた。
「野田もさ、元気出せって」
「……十分元気だ……」
「いや、見えねえって……」
向こうでは、浅尾と野田が会話をしていた。
堀口が死んでから、野田はずっと生きる気力を無くしたかのようだった。
昨日、部屋に戻ってからも、野田は一言も喋らなかった。
「野田」
野田に近付く。名前を呼ばれて一瞬だけビクッとした様子で反応した野田は、自信を失った目で俺を見ていた。
「……なんだ」
「別に、明るくしろなんては言わねえよ。でもさ、堀口は元気だったお前と親友だったんだろ?」
「!」
堀口の名前を出した瞬間、野田の体がピクリと揺れた。
「そんな姿を堀口が見てみろ。……悲しむぞ」
「……黙れ」
「お前は、堀口を……」
「黙れッ!!」
野田は、俺に向かってそう声を荒げた。
顔が一気に赤くなり、目元は激しく俺を睨みつけている。
その場にいた他の三人が一斉にこちらを見たのも気にせず、野田はさらに語気を強めた。
「お前に何が分かる! あいつが……明人が居なくなってしまった、俺の気持ちが!! そもそも、お前のせいだろうが! 明人を見殺しにしたのは!!」
それは、八つ当たりだった。だが、野田から見れば、俺があの時走るのを止められなかったせいで、堀口が死んでしまったように見えるのだろう。
「おい、野田。何言って……」
そんな野田を見て口を開こうとした東悟を、手で制する。
これは、俺と野田との問題だ。東悟に加わってもらうわけにはいかなかった。
「……野田、言いたいことは分かる。堀口が死んだのが、俺のせいじゃないとは、言えない」
だが、と言葉を続ける。
「それでも、だ。俺達には、お前が必要なんだ」
「……なんでだよ」
「お前は運動が出来るし、状況判断も早いだろ? ほら、昨日、氷藤と東悟を助けた時みたいに。それが、この先の戦いでも必要なんだ」
「……」
「だから、もう一度、俺達と戦ってくれ」
あの時の白川さんを思い出す。西田さんや三原、浅尾の長所を見て、的確に指示を出していた、彼女を。
野田の魔法も勿論必要だ。だが、それではこいつを動かせない。野田だから俺達と戦って欲しい。そう伝える必要があった。
堀口が、こいつの隣にいてくれてた時のように。




