第三十一話 霧
西田さん、三原、そして堀口の体を空いている部屋へと連れ、横にする。
丁寧に埋葬する暇などない。けれど、廊下に置き去りにしてしまうよりかは、はるかにマシだった。
俺達は、せめて安らかな顔でいてほしいと見開いたままの三人の目を閉じる。
「……あの煙……いや、『霧』かしら? 姿を見せないわね」
西田さんの死体の傍にいた白川さんが話を切り出した。
あの後、白川さんが『霧』と形容した敵は俺達の前に現れていない。俺達が奥の部屋へと進んでいないというのもあるが、それでも、さっきまで俺達を殺しに来ていた奴が突然何もしてこないというのは、不気味で仕方がない。
「だったら、残りの部屋を調べにいこう。……絶対に、奴はいる」
「なあ、ちょっと気になるんだけど……」
俺が答えた後、浅尾が難しい顔をして俺達の方を見る。
目が少しづつ慣れて、今は皆の表情がよく分かるようになっていた。
「なんだ? 浅尾」
「その『霧』が敵だってのは分かったけどさ……。どうやって倒すんだ?」
「……どういうこと?」
「さっき氷藤と堀口の魔法が当たっても、すぐ集まって逃げていっただろ? 俺達の魔法が通用するのか?」
確かに、そうだった。俺の目の前で二人の魔法が当たり、一旦は四散したが、それでも効果が無いように見えた。
「それに、敵があんな感じなら、白川さんと久木原は、その……」
「そうね。私たちの武器が、全く役に立たないわね」
それも問題だった。敵が気体状態なら、東悟の大剣と白川さんのレイピアは通用しない。まさに、八方塞がりだ。あの敵は、物理でも魔法でもダメージを与えられそうにない。
考え込むが、いい案は浮かびそうにない。
「……それなら、凍らせればいい」
その時、扉の前で警戒をしていた氷藤が口を開いた。
「僕の魔法なら、それができる。敵が気体なら、部屋ごと凍らせて閉じ込めてしまえばいい」
氷藤は、俺達の前に立ち堂々とそう言い切る。
薄暗い館内に慣れた目が、氷藤の表情を移しだす。さっき見ていた光景より、さらに一段階、見えるようになった気がする。
それしかない。直感的に、そう思った。
「……氷藤。本当に、出来るんだな?」
「ああ。君と矢島さんが協力してくれたおかげで、新しい魔法が使えるようになったんだ。それを使えば、倒せるかもしれない」
「そう。それなら……任せたわよ。氷藤君」
俺達は、三人を寝かせた部屋から出る。
もう、時間だ。お別れは、済ませたつもりだ。
敵は、死体を扱うことも出来る。もし敵がこの部屋に来れば、三人の死体を使ってしまうだろう。だから、この扉は開かないようにしなければならない。
氷藤が、魔法を唱える。
「フリーズ!!」
氷藤が新たに修得した、この魔法は手をかざした場所を凍らせた。
扉の外枠を完全に氷で固定して、扉を開くことは出来なくなった。
「この魔法……!」
「ああ。これで、部屋ごと敵を凍らせる」
氷藤を先頭に、俺達は廊下の奥へと足を進める。
まだ確認していない部屋は、奥に二つあった。どちらかに、敵は隠れている。
「じゃあ、まず、手前の部屋を見ようか」
今まで扉を開けていた東悟の代わりに、氷藤がドアノブに手をかける。
「……ランプ?」
その部屋は、他の部屋とは異質な感じだった。卓上のランプに火が付き、部屋の中を照らしている。
ここに来てから、初めて光を確認できた部屋だった。部屋には書斎と机、椅子だけが置かれていて、他の部屋よりさらに質素な印象だ。ランプの光のおかげで、この部屋の壁と床が赤色であるということも分かった。
「……なんだ、コレ?」
「変な絵だね。文字も読めないよ」
俺も矢島さんも、机の上に置いてあった本が目に入った。
赤色の表紙でズシリと重い本。また表紙には卵のようなモノが描かれている。
少し開いて見て見たが知らない言語で書かれていて、読む事は出来なかった。
「どうやら、この部屋にはいないようだな」
俺達は、部屋中を見回してそう結論付けた。
置いてあったランプを持って、最後に残った部屋の前まで移動する。
「ここに、いる」
氷藤が、そう呟いた。手の震えがランプに伝わり、中の火を揺らす。
この先に、仲間を殺した敵が潜んでいる。俺達は身構え、敵の出現に備える。
氷藤が、緊張した面持ちで取っ手に手をかけ――勢いよく開いた。
『ケケケケケケケケケケケケケ』
「氷藤!!」
不気味な笑い声と共に、赤色の『霧』が中から飛び出し、氷藤に襲い掛かった。
だが、氷藤が反応に遅れて『霧』に入り込まれそうになった瞬間、東悟が走り出し、氷藤を抱えて救出した。
「あ……ありがとう……久木原君」
『ケケ……? ケケケケケケケ』
「! 正真! 行ったぞ!」
氷藤に入り込めなかった『霧』は、今度は俺達めがけて笑いながら飛んできた。こいつに顔は無い。しかし、ランプに照らされた、その陰影で邪悪に笑う顔のようなものが出来ていた。
「くっ……! バレット・セカンド!」
「セイント・バースト!」
襲い掛かる『霧』に対し、俺と矢島さんは魔法を放って応戦する。
けれど、俺達の魔法は『霧』を一瞬足止めしただけで、止めることは出来なかった。
「ッ……高崎君ッ……!!」
『霧』が俺に襲い掛かろうとした時――矢島さんが、俺を突き飛ばした、
「!? 矢島……さん……」
「……ごめんね。一緒に、帰れなくて」
そう言い残し、矢島さんは『霧』に飲まれた。




