第二話 窮地に親友
俺の前に現れたのは、体長三メートルはある巨大な白熊。
その白色の体は緑の木々とひどくミスマッチしていて、違和感を覚える。
しかしそんな事よりも……俺は目の前の光景に体が硬直してしまった。
「ガアア……」
「き……霧山……?」
その白熊の口には霧山明日香の上半身がだらりと垂れていた。
こちら向きにのけぞった霧山の絶望したような顔が、彼女の命が食われた事を何よりも証明していた。
俺を見つけた白熊は口を開いて霧山の身体をボトンと地面に落とし、邪悪に嗤いながらのっそりと俺に近づいてきた。
「グガアアァァ!!」
「や……やめろ……!」
本田と霧山が死んだ。喰われた。此処は何処だ。アイツは何だ。死にたくない。
目の前の存在を前にして俺の頭に様々な疑問が浮かぶ。
しかし、そうしている間にアイツとの距離の余裕などんどん無くなっていく。
俺も本田と霧山のように死んでしまう。そんな予感があった。しかし逃げようにも腰が抜けてしまい、ただ後ろ向きに這うことしかできない。
嫌だ、死にたくない。死が足音を立てて迫って来る現実を前にして涙を流しながらそう懇願するしかなかった。
「い…いやだ! 頼む! やめてくれ!!」
そう声をかけても目の前の捕食者は止まらない。
ただ醜悪な笑みを浮かべながら俺に迫るだけだった。
奴から見れば、俺はただの無様な獲物で、喰われるのを前にして泣きながら命乞いをしているように見えるのだろう。
それでも、奴は止まらない。ついに、奴の牙が届く距離まできてしまった。
「あ……あ……」
刻々と死の時間が迫っていた。俺は何もできず、漫然と奴の口が開かれるのを見る事しかできなかった。
全てを諦めて目を閉じた俺に、奴の牙が――
――コツッ
鈍い音が聞こえた。体を貫かれる感覚は来なかった。
目を開けると、白熊はまだ目の前にいた。……だがこいつ、どこを見ている?
白熊は俺ではなく別の方向を見ていた。さっきの音と何か関係があるのか?
俺はここしかないと思った。逃げられるかもしれない。少しだけ奴の注意がそれている今なら。
恐怖を少しだけ乗り越えたことで体も動くようになった。いけるかもしれない。
そっと、気付かれないように立ち上がったが、再び奴は俺に振り返った。
「……あ」
まずい。今度こそ喰われるかもしれない。
だが、恐怖が来るより先に俺の耳に飛び込んでくるものがあった。
「正真!!」
突然自分の名前を呼ばれた直後、木が横から投げられ、目の前の白熊に直撃した。
俺は訳が分からず困惑するが、声の主は構わず俺の手を引いた。
「逃げるぞ!! 早く!!」
ああ、こいつだったか。白熊は怯んでいる。逃げるなら今しかない。
死ぬかと思った。怖かった。そんな俺のピンチを再びこいつに救われた。
そいつは逃げながら俺に話しかけてきた。
「正真。危なかったな。大丈夫か?」
「助かったよ。東悟。……また助けられたな」
久木原東悟。俺は親友に手を引かれ、森の中を駆け抜けていった。




