第十話 正真と玲香
「俺は、一番近くにいたのに、西園寺を助けられなかった……」
矢島さんと隣同士で地面に座り、俺は全てを吐き出した。
クラスメートの一人を助けられなかったこと、それは俺の責任。さっきまで自分の中に閉じこもっていた思いが滝のように流れ出る。
矢島さんは、最後まで話を遮らずに聞いてくれていた。
「……俺は、もう嫌だ。また誰かを見殺しにしてしまうかもしれない」
「そう、だね。私も怖い。でもね……」
話の最期に呟いた一言。そこでようやく矢島さんが口を開き、俺に向き合う。
「私は、ここから出たいんだ。そのためには、戦わないといけない。怖い。怖いけど、それ以上に私はさっきみたいに自分だけ何も出来ずにいる方が、もっと嫌」
その言葉はゆっくりと語られた。でも、そこには強い思いが込められていた。
「だからね。高崎君。辛いかもしれないけど皆と一緒に戦って欲しいの。……って野田君が、皆をそう説得してるんだよ」
「……おい。最後で台無しだぞ。お前のいい話っぽいのが全部あいつに持っていかれたぞ」
「えへへ。ごめんね。でも、何もできないのが嫌って所は、本心だよ」
矢島さんは悪戯っぽく笑う。だが、彼女のおかげで少しだけ気分が和らいだ気がする。
気持ちを吐き出すことで、これほど楽になるとは知らなかった。俺は腰を伸ばしながら立ち上がり、大きく背伸びをした。
「まあ……、ありがとう、矢島さん。少しだけ落ち着いたよ。しかしよく分かったな。俺の考え」
「えーと……結構分かりやすかったと思うんだけどな……?」
それを聞いて少しだけ笑う。そうか。分かりやすかったか。
他人から見れば、案外そういうのは分かりやすいのかもしれない。
「よし、それじゃあ高崎君、後で皆の所に来てね」
矢島さんはそう言い残して、森の奥に消えていった。
空を見上げると、さっきまでとは違う色をしていたように見えた。
(矢島玲香)
森の中を進んで、皆の所まで帰ろうとしていると、後ろから声をかけられた。
「よう」
誰だろうと思って振り返ると、久木原君が木にもたれかかりながら、私をじっと見ていた。
元々怖い人だと思っていたけれど、そんな人が腕を組んで肩に大剣を担いでる姿は、もっと怖かった。
「! えっと……久木原君? どうしたの、こんな所で」
「……正真と話してたな。お前」
低くて、威圧感のある声だった。
久木原君は、学校の中ではあまり喋らない。唯一、高崎君とだけは楽しそうに話しているのを偶に見かけるくらいだ。それを見て学校の女子の間で一時期二人の関係が噂になったことがあったなあ……。
って、そうじゃない。早く答えなくちゃ!
「う、うん。そうだよ」
気の利いた事を言おうとするけど、怒らせるかもしれないとも考えちゃってそんな返事にしかならなかった。
久木原君は私の答えを聞いて、何かを考え始めたようだ。
それにしても、久木原君は落ち着いているなあ。クラスの皆は、急にこんな所に連れてこられたり、仲間が死んだりしたのを見て慌てたり、叫んだりしていたけど、久木原君は……セントラルが話をしている時もじっと何かを考えていた。それを言うなら、氷藤君もそうか。あの人はいつも冷静な感じだけど、こんな時でもそれが変わらないなんて……。
「ありがとな。あいつの悩み、聞いてくれて」
「えっ」
そんな事を考えていたら、久木原君がまた急に喋り出した。
けど、あまりに突然すぎて一瞬、内容を聞き逃してしまった。
「てめえ……話聞いてたか?」
「う……うん!! ……えっ? もしかして今、”ありがとう”って言ってた……?」
あの久木原君が? 私に”ありがとう”?
えっと……一体、何が……。
「ああ、そうだ。昔からそうなんだ。あいつ、何かあったら自分一人で抱え込んじまうからな。お前のおかげで、少しはマシになったようだしな」
それだけ言って、久木原君はどこかに行ってしまった。
緊張から解放されたけれど、いろいろな事を考えすぎて思考がパンクしそうになってしまった。
でも……久木原君は高崎君の事を本気で心配していたようだったな……。
あの二人、そんなに仲が良かったんだ。それも「昔から」というぐらいの。
「あっ……そうだ! 急がないと……!」
久木原君に話しかけられて、集合することをすっかり忘れてしまっていた。
少し高崎君と久木原君の関係が気になりつつも、私は急いで目的の場所まで走った。




