第九話 彼女の目
「くそっ!!」
バキンという音と共に、目の前の木が勢いよく向こう側に倒れた。
今俺は、セントラルによって使えるようになった『魔法』を撃っている。
場所は、あの白熊が出現した森の中。セントラルによれば、一度敵を倒すと、その扉の中ではその後敵が出現しないようになっているらしい。
「くそっ!! くそっ!!」
今度は別の木を破壊する。有り余る力をただ周囲にぶつける。
セントラルは最後にこう付け加えていた。
――まあ、死んだ子たちも一緒に消えちゃうんだけどね
気付けば、俺の周囲の木々は全て俺から遠ざかるように倒れていた。肩で息をしながら、俺は足元を見る。
――俺のせいで、西園寺は死んだ。
皆と別れてから数時間、ずっとその考えが頭に浮かぶ。そのたびに当たり散らす。
あいつの目の前に居ながら、すぐ近くに居ながら、あの熊を止めることが出来なかった。
熊に噛みつかれた時の西園寺の顔、それに続いて、本田や霧山さんの最期の凄惨さも思い出さずにはいられなかった。
クラスで生き残ったのは俺含めて十七人。それ以外は――消えてしまった。
「どうして……なんで……」
そんな言葉しか出なかった。もしかしたら誰か生きているかもしれないと、白川さんをはじめとした何人かはこの森の中を捜索しているが、喜ばしい報告はない。
手で顔を覆い、目を閉じた。
けどそれなのに、救えなかった男の最期は脳裏に焼き付いてはっきり見えてしまう。
目から大粒の涙が溢れてきた。声を押し殺し、地面に這い蹲ってただ泣くことしかできなかった。
「!!」
「あ……高崎君……」
ふと、後ろの方で物音がしたから振り返ってみると、矢島さんが申し訳なさそうに木に隠れながらその場に立っていた。
彼女も俺が気付いた事に驚いたようで、一瞬体がびくっと跳ねていた。
「……どうした? 何か用か?」
目をこすり、できる限り涙の跡を消す。女子に情けない姿を見られた事が、少し恥ずかしかった。
「ええと……ううん、何も無いんだけど……、でも、正真君をほっておけなくて……」
「俺が? 見ての通り何ともないぞ」
嘘をつく。泣いている所を見られているのに、こんな事を言ってしまう。
だが、俺の気持ちを誰かに話すことはしたくはなかった。
ましてや、相手はそれほど仲良くもない女子だ。そんな相手に、話す事なんて――
「正真君。自分のせいだって考えてるでしょ。西園寺君が死んだの」
しかし、目の前の相手はいとも容易く俺の心の内に入り込んできた。
心臓を掴まれるような感覚が押し寄せる。何かを言おうとしたが、言葉がうまく纏まらず、結局少し口を開けたままになってしまう。
「でもね。私も悔しいんだよ」
「……え?」
「男の子達は、木とかを落としていたし、白川さんや西田さんも頑張っていた。でも……私は、何も出来なかった。皆頑張っていたのに、私だけ……私だけ……!!」
彼女は両手で顔を覆った。
しゃくりあげるような声で、俺に自分の思いを吐き捨てた。
彼女は……俺以上に、後悔していた。
「でもね、高崎君、一番頑張っていたのは……君だよ。あの熊に立ち向かって、走って……倒した。私なんかとは、大違いなんだ……」
「けれど、俺は西園寺を……」
「ううん。高崎君は一生懸命にやっていた。例え誰があの場にいても……難しかったと思う」
矢島さんは、その後にだからね、と震える声でその先を続けた。
「もう、誰のせいとかの話じゃないんだよ。私達は生きてここから出なければいけないの。だから……、お願い。一人で抱え込まないで」
両手を開いてそう語った彼女の目は、決意に満ち溢れているように見えた。
 




