第六話 私のせいではない と決まった訳ではないけれど
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いったい三人の内誰が本物なのか、そんなの私のハイテクパソコンから検索したら住所が一発で分かるので、どれがみかん大福さんかすぐに分かった。
というか、サーチした内容に出来るだけ住所が近いようにとキーワードを打っていたので、そういった意味でも当たりをつけていた。
早速、電車で揺られる事二十分、目的の住所である都市郊外の住宅地を私は日傘片手に歩いていた。
「この辺りですね」
とある紺色の屋根のお家、ポップな字体の木下という表札が、他の誰でもないみかん大福さんのお家のはずだ。
一息ついてインターホンを押す。数秒後、若い女性の声が聞こえる。機械越しでも分かる私よりも年下であろう女性。
『どちら様でしょうか?』
『おはようございます。私、事前に連絡をさせて頂いた安藤ロイドという者ですが……』
『え、嘘、この声、本当に本物……!』
顔は見えなくても、軽く興奮しているだろう事は想像出来た。インターホンから気配が消えて、代わりにドタバタという忙しない足音と共に玄関が開かれる。
私をひと目見て固まったその少女は、私がサングラスとマスクを外すと、感極まったように頬を上気させた。
「解釈一致過ぎるっ……! というか、ほとんど変わってない!」
「どうもどうも」
「むしろリアルの方が可愛いってどんなサプライズなの」
「それは言い過ぎなような」
「あ、私ったらすみません! どうぞどうぞ入ってください! な、何もないところですがごゆっくりと」
「それではお言葉に甘えまして」
日差しから解放されると、途端に体にこもっていた熱が抜けていく。まあ私の体って過剰な反応を受け付けにくいみたいなので、火傷はもちろん暑過ぎるなんて事はないのですけど。
ふぃーっと全身を脱力させて、興奮収まらぬみかん大福さんの後をついて行った。
数分後、リビングで私はみかん大福のお母様と対面していた。どうしてこうなった。気まずい。
まあ、娘さんが一回り大きな女性を連れてきたら流石に呼び留めるよね。
「初めまして、わたし安藤奈津といいます。突然の訪問申し訳ございませんお母様」
「貴女にお母様と呼ばれる筋合いはありません!」
「し、失礼しました‥…えーっと、奥様」
「もうお母さん! 構わないでよ!」
「あんたも! 引きこもりだけじゃ飽き足らず、女性同士の交際だなんて非生産的な事お母さんは許した覚えはありません!」
「そんなんじゃないって!」
「嘘よ! 昨日だって部屋で色気づいた声でロイドちゃんロイドちゃんってビデオ通話してたじゃない! 髪と眼の色が違うだけで騙されないんだから。お母さん知ってるんだからね。恋文まで書いてたでしょ! 私っ、私もうパパになんて言ったらいいか……!」
「だから違うってー!」
「みかん大福さんも落ち着いて」
「娘に変な渾名つけないで頂戴!」
うーんchaos!
どうやら勘違いをしている奥様に、私は誠心誠意自分の素性とみかん大福さんとの関係を説いた。会話をしながら奥様を観察して、一体この人はどんな仕草で安心するのか、油断するのか、そういった事を見極めながら懐柔していく。
数分後、奥様はすっかり私を気に入ったらしく、ケーキとコーヒーが出された。
「私ったら、本当に恥ずかしい事を。貴女みたいな良識あるお方が娘とお知り合いだなんて、私もうすっかり安心ですわ」
特にこの奥様、私がみかん大福さんを雇いたいと話した時に、好感度がマイナスから一気にプラス百へと振り切れた。
「ほら、香澄も。貴女の就職祝いよ」
「もうお母さんったら……でも、本当にいいんですかロイドさん? 私、ロイドさんと直接会えるなんてまだ夢みたいで。……あの、家政婦さんを探してるんですよね? 私なんかより、よっぽど優秀な方がいると思うんですけど」
「いいえこの子は私が直々に花嫁修行についてあげたので家事に関しては一流ですよ。おっぱいだって私に似てあるんだから、それはもうマシュマロをマロマロさせたような肌触りで」
「部屋までついてこないで!」
うーんdelicious!
私はいい加減可哀想になったので奥様を遠ざけ、みかん大福さんと向き合う。
歳は、16……いえ17。若々しい肌と髪をしており、今は隈こそ出ているものの、そのお顔は今よりももっと可愛らしいものだとすぐに分かる。胸は親のお墨付きマロマロ。
どうしてだろう。この子を見ていると、とてもお姉ちゃんぶりたくなってしまうのは。甘やかしたくなる。愛したくなる。他人とは思えない。
「私は貴女を見て、ビビッと来たんです。この子しかいないって思ったんです。こう見えても私、選り好み激しいので。──香澄ちゃんじゃないと嫌なんです」
自然と口からついて出た香澄ちゃん呼びに、香澄ちゃんは目尻に涙を浮かべる。気を悪くさせてしまったかと焦ってしまったが、香澄ちゃんは私がこれまで見た中で一番の笑顔を私に向けてくれる。
「私もっ、ビビッと来たんです。貴女の配信を見て、私、胸のあたりが燃えるように熱くなって。私も──安藤さんの近くにいたい」
「……じゃ、契約成立だね」
こうして私は、可愛らしいハウスキーパーを仲間にした。てってれー。
その後、話し合った結果、香澄ちゃんはちゃんと学校にも行くとの事で。まあ私の家の家事なんて、空いた日にでもやってくれれば嬉しいし。
その日はなぜか香澄ちゃんのお家で泊まる事になって、香澄ちゃんも眠り、私が奥様と二人っきりになったタイミングでコーヒーを出された。
まだ、起きていて欲しいって事かな。
「ごめんなさいねインスタントで」
「いえいえ、飲み慣れた物の方が安心します」
「そう……あの……ロイドさん、お昼はお騒がせしてすみませんでした。私ったらロイドさんに大変失礼な事を」
「娘さんが大事だったんですよね。分かりますよその気持ち」
「ありがとう……あの子は自慢の子なんです。可愛らしくて優しくておっぱいもあって……なのに最近急に火が消えた様に元気がなくなって、学校にも行かなくなって……どうしても理由が分からなかったわ。情けない」
でも、と奥様は私を真正面から見据える。
「一週間ほど前でしょうか。また、あの子に元気が戻って。もう呆れるくらいに……私てっきりタチの悪い色恋沙汰にあの子が巻き込まれたのかと勘違いしてしまって。だけど違うのね。あの子が元気を取り戻してくれたのは、貴女のお陰だったのね」
ありがとう安藤ちゃん、と言った奥様の目は、私の他に誰か別の人間を重ねていた。気がした。
コーヒーの味は少し苦かった。