第五十五話 夢見 テル
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うるさいな 居間に染み入る 蝉の声。セミの音だけシャットダウン出来ないかなぁと試行錯誤していると出来た。やはりこの体は便利だ。別に見るでもなくつらつらと流しているテレビのニュースでは、キャスターさんが今年の暑さについて熱く力説している様子が伺える。
「いやぁ暑いなー。大暑ってやつですなー。汗はかかないけれどやっぱり嫌だなー」
「え、最近クリスマス会しませんでした?」
私のセリフに、メイドの香澄ちゃんがそんな素っ頓狂な事を言ってくる。やれやれ、この暑さでボケてしまったのかな?
「私達はまだ夏真っ盛り。クリスマスはおろか年すら越していない。いいね?」
「えっと……江戸川君とかの世界が一年も経ってないのと同じ感じですか?」
「そんな事より、今はこのテルちゃんだよ」
私が第四期生で気になっている人は三、いや四名。二人は双子系Vtuberのラン・ルンちゃん。一人はリスナー代弁系Vtuberの忍野 タメナラちゃん。そして最後に、(特に呼び名がないのは個性が足りないからとは決して口には出さない)系Vtuberの夢見 テルちゃん。
「香澄ちゃんはこの子の声に聞き覚えはある?」
「んー……いえ、特には」
「そっかー。いやね、この子は私の記憶が正しければアイドリームにいた子なんだよね。あ、内緒ね」
「え、そうなんですか!?」
「まあ自慢ではないですが、私の記憶は正確なもので。一度見たものなら忘れるなんて事はないし、思い出せない事もないから間違いないですよ。この子はアイドリームにいた新人っぽい子だ」
問題なのは、アイドリームの方の新人ちゃんは別にVtuberを辞めてるわけでもなく、夢見テルちゃんがアイドリームに所属している事をスクエアもといエクレールII世さんが把握していないらしき事だ。
明らかな規約違反。夢見テルちゃんが何を考えているのか分からない。
昨日の配信でコメントで挨拶はしたが、良い反応は得られなかったどころか、人によっては不穏な感じにも見えただろう。
私が挨拶をすれば、『私最後だから嫌われてると思ってましたぁ』と返され、否定をすれば『えー、ちょっと怖いです……』と怯えられ。決して直接的ではなかったが、そこには巧妙に隠された敵意すら感じた。
私の新人ちゃんの第一印象はもっと無垢なポンコツ系だったんだけど、一体何があったのだろうか。
「じゃじゃーん、パソコンちゃんを持ってきました。これで本当に同一人物なのか検証してみましょう! この子はとっても優秀で可愛いですからね!」
若干テンション高めに、例のパソコンを撫で撫でしながらやってきた香澄ちゃん。なんか凄く仲良くありません?
「えへへ、実は分からない問題を教えてもらったり、宿題を手伝ってくれたりしてくれるんですよこの子。お姉ちゃんが出来たみたいで私も楽しくて」
むむぅ、学生程度の勉強なら私も教えてあげるのに。と、嫉妬はするが文句は言えない。それだけ私が一緒にいてやれない時間が多かったという事なのだろう。今だって、こうして二人一緒で悠々と時間を過ごしているのは久しぶりだったりする。
「質問です、夢見テルちゃんとアイドリームの……誰でしょうか? 分かんないけれど、アイドリームの誰かさんは同一人物ですか?」
そんな香澄ちゃんの適当な疑問もパソコンちゃんは完璧な答えを出してくれるので、画面に文字が表示される。
『──是。音声パターン完全一致。アイドリーム所属第四期生 灰被り姫と夢見テルは間違いなく同一人物だと保証します』
「おぉーやっぱり」
『続いて原因を解析。アイドリームの先輩を心から尊敬する灰被り姫は先輩達の悩みの種であるエリザベスへの不満を募らせ、遂にはスクエアに侵入して混乱を起こそうという強硬手段に……というのは表向きの行動原理。真の理由は、悩みの種のはずのエリザベスを、先輩達が常に気にかけて話題にしている事から何かを感じ取った灰被り姫が、エリザベスへ個人的な嫉妬心を抱いた事によるもの』
「壮大なネタバレを喰らった」
『更に解析。一連の動きには明らかに不自然な点が多く、何らかの特別な力が働いているに違いありません。厳密には』
「すとっぷすとっぷ、大体分かったからもういいよ。ありがとうね、お陰でダイジェスト形式に問題が解決したよ」
やっぱりこの子優秀なんてものじゃないよ。江戸川君で例えるなら死体を見つけた瞬間に時計型麻酔銃をおっちゃんにぶっ刺してもお話がまとまるくらいだよ。
「どうしますかロイドさん?」
「そうだね……ぶっちゃけこの子が優秀なお陰でなんとでもなるような状況だから、感動もドラマ性もなく穏便に終わらせたい気持ちなんだけど」
問題はどう穏便に終わらせるかだが、そんな風に迷っていると夢見テルちゃんから連絡が入った。
『カイザー五条さんから夜のお食事に誘われたんですけど、このお洋服で大丈夫ですかね? 変じゃないですかね?』
思わず、は? と言いたくなるような突拍子のない相談。急にどうしたんだろうと思っていると、同時にそのカイザー五条さんから連絡が入る。
『なんか強引に四期生の奴から食事に誘われたんだが。後輩ってあんなにムカつく存在だったかな? 初めての経験だわ。どう思う、俺は一発ぶん殴るのもありかと考えてるんだ』
一体どんな誘い方をすればここまで怒らせる事が出来るんだろう。二つの文を見比べると矛盾の起きる内容だが、どちらに信用を置けるのかといったらそれはもう間違いなくカイだ。当たり前。私の知る五条帝は、決して妹に誇れないような男にはならない。そんなに彼はだらしのない男ではない。
ほんの少しだが、夢見テルに不快感を覚える。
『夢見テルとカイザー五条の会話を発見。解析。夢見テルはスクエアに混乱を起こす為に無計画な荒らしをしています。行動に一貫性が見受けられません。手始めにスクエアの男女仲を引き裂きにこようとしています。カイザー五条は夢見テルとの食事を断ろうとしていませんが、それは単なる先輩心。しかし愛する人に誤解されないように、強い文面で貴女に言い訳をしています。夢見テルにムカついてはいるようですが殴る気はないようです』
「もう解析はやめてあげて。可哀想」
『是』
パソコンちゃんがいるだけで物語が終わってしまう。とはいえ、ありがたい情報だった。
夢見テルの動きは確かに計画性というものがおよそ感じない。今のRINEだって、この程度で私とカイとの仲をどうにか出来ると考えているのなら余りにもお粗末だ。
「はぁ……ばーちゃるちゅーちゅーばーというお仕事も結構問題を抱えてるね。今回はまた特殊な部類だけど。まだメスを握ってた方が頭は空っぽで済んだよ」
「えー、あんな機械みたいなあなたは私がイヤですよ。やっぱりロイドさんは、ばーちゃるちゅーちゅーばーが合ってます」
「ふふふ、そうかな? 香澄ちゃんがそう言ってくれるのならやっぱりそうなのかな〜。自慢だけど今ではもう登録者数だけならダントツで……」
『……』
私たちの会話に何かを感じたパソコンちゃんだったが、それでも何も画面には表示しなかった。私が言った通りに解析もしなかった。ただ私の(ちょっと面倒くさいな)という意思を汲み取り、今起きてる夢見テル問題を迅速で的確に面白みもなく解決に向かうのだった。
具体的に言うならば、引退RTA系Vtuber夢見テルにしようとしていた。




