第二十四話 夕暮れに二人で帰る思い出を
次話から配信話の再会です
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「何が何だか分からない。私は何も見ていない。見ていないんです……」とお医者様は匙を投げた。その目は虚だった。私の体の何を知ったかは知らないが、私にとってそれは不都合だったのかもしれない。
結局、私は身分証明書も保険証も提示する事なく、幾らかの現金を払って病院を後にした。
一日ぶりのシャバは気分が良い。新鮮な空気を吸っていると鼻歌でも歌いたい良い気分になる。ふんっふふ〜ん。
「私は帰ってきた!」
我が家に着くなり、自由に叫ぶ。同時にTowitterで生存報告もしておいた。すぐに知人やリスナーの皆様から温かいメッセージが返ってくる。優しいかよ!
ちなみに香澄ちゃんは既に橘さんが学校に送ってくれている。平日だったからね、私のせいで遅刻させてしまったよ。お返しに後で学校まで迎えに行こうと思う。この体になって初めての運転だ。
配信部屋は私がもみくちゃにしてしまっていたはずだが、既に香澄ちゃんが片付けてくれていたらしい。整頓されたテーブルの上の、いつものパソコンを労る。あの日、橘さんの通信を繋いでくれたのはこの子のおかげだろうから。
考えてみると、私は私が思ってる以上に多くの者に助けられながら生きているのだと改めて実感した。
もう二度と無様な姿は見せられない。私はスクエア所属 第三期生 アンドロイドの安藤ロイドなのだから。
……ところで、その安藤ロイドについて。橘さんから幾つか定期連絡が届いていた。どうやら思った以上に私の今回の騒動は騒ぎになっておらず、後始末は楽に終わった事。そして最後に『両手3D化おめでとうございます』と。
一体全体なんの事か分からない。マスターなハンドとでもコラボするのかな? いや、私の両手とは、もしかしてあのゲーム配信が原因なのか? 後でしっかりと聞くとしよう。
◇◇◇◇◇
シャープでエキセントリックな私の車は、性格がとても素直で燃費もすこぶる良い。25メートルプールを息継ぎなしで泳ぐ小学生くらい燃費が良い。無駄に冷蔵庫なんてのもあるので、おやつ入れ放題!
カーナビも言わずもがなハイテクだ。
『この先、10メートル、対向車線の車が大きくクラクションを鳴らすのでご注意ください』
ん? と思っていると、ちょうど隣から耳をつんざくクラクションを鳴らした車とすれ違った。未来でも見えてるの?
最強のカーナビのおかげで道中快適に進み、すぐに香澄ちゃんの学校の正門に着いた。
『下校時間です。安全運転に気を付けましょう』
その通りだね。ちらほらと、高校生達が仲良く下校している。この数はもしかしたら部活は休みなのかな。問題なのは三年生の特徴である赤色のスカーフが見えない事だ。
一時停止したまま、窓を開けて緑色の学生(確か一年生)の子に声をかける。
「ちょっといいかな?」
「え! あ、わ、私ですか?」
「うん。あのね、三年生の人ってまだ学校かな? えっと私の……あー、妹なんだけど」
「先輩達は確か……学年集会があったと思います! 多分すぐに終わると思うんですけど……すみません!」
「いやいや、助かったよ! ありがとね!」
心優しく警戒心の少ない子に感謝感謝。その子は周りの子に『知り合い?』『芸能人?』とか聞かれて困ってる。すまぬ。
一度車から降りて香澄ちゃんを待っていると、意外にも多くの学生君ちゃん達に噂されているようだ。毎日刺激を求めている彼彼女らにとって今の私は、少なからずイベント事であるみたいだった。
『やば、かわよ』
『誰の親? いや若すぎか』
『有名人?』
『これ以上見つめると何か悟りそう』
『我々がこれまで見ていた女子は、3ドルの顔だった』
『ふと視界に入ってきたのは、あらゆる希望を一点に集めた、或いは限りなく絶えない幻想の極地。美少女という言葉はきっと、貴女の為だけに作られたはずだった』
多くの生徒の視線に晒されて流石に少し恥ずかしい。特に元気な子は、時々私に話しかけてくる。
「お姉さん誰待ちー? 彼ぴー?」
「うーん彼女!」
「えーヤバーウケるー!! じゃね〜」
「ばいば〜い」
ああいう子を見ると絶対何人かこの学校にもライバーに向いてそうな子がいると思ってしまう。コミュ力お化けが多過ぎるよ。
なぜかその後も知らない子にじゃんけんを頼まれたり、サインを求められたり、握手されたり。芸能人じゃないからね!
一人二人くらいに『ほ、本物……』 とバレてたみたいなので、「しーっ」とジェスチャーを取った。サングラスはしてないとはいえマスクはしてるのに、よく分かるもんだ。まあ、スクエアの中で一番配信の時に声が変わってないのは多分私だから、声でバレるのもあるかもしれない。
そろそろ何かを求められたらお金取ろうかなと冗談で考えていると、ようやく目的の香澄ちゃんがお友達と一緒にやってきた。
「え、ロ……安藤さん! どうしてここに?」
「あの後すぐに退院出来たからさ、迎えにきたんだよ。安藤タクシーだね。今なら特別おやつとジュースもあるよ!」
キンキンっに冷えてるぜ。
香澄ちゃんは隣のお友達に目をやる。心配せずとも、もちろん私はその子の家も送って行くつもりだけど。
「誰? 知り合いの人?」
「あ、えっと、前に言ってた仕事先の人」
「あぁ、例の」
間違ってない説明だけどなんか寂しい。そして、香澄ちゃんと結構仲がいいみたいなお友達は、つまらなそうな目をして私を見て、そして固まる。
私も記憶の中に彼女との思い出が一つあった。その子もきっと遅れながらそれに気づき、私を指さしながら言った。
「焼肉屋で強引にサラダ持ってきた人」
「言い訳のしようがない」
そこまで聞いて、香澄ちゃんも私とエクレールII世さんの初配信を思い出したらしい。
「え、あれって小葉ちゃんだったの?」
焼肉の最中、元気のない家族の間に割り込んで、問答無用にサラダを置いた私。その時にいた一人が、まさしくこの子だった。
名前は木村 小葉。18歳学生。学校では真面目でそつなく過ごすが今ひとつ胸のない少女……なんかエリートっぽい気品漂う顔と物腰をしている為男子学生にはモテるが、家ではぐーたらなんです。悪い奴じゃあないんですが、これといって男っ気のない……幸の薄い少女さ。
「あ、この子は私の友達で、小葉っていいます!」
「小葉ちゃん、ね。よろしく、小葉ちゃんも乗ってく?」
「じゃあ、乗ります」
「はいよー」
香澄ちゃんのお友達なら大歓迎だった。
お家まで送るつもりだったが、話の流れで小葉ちゃんも私の家に来る事になった。友達の仕事先が気になるのだろう。学生にあの豪邸は少々刺激が強すぎないか心配だ。
無性に小葉ちゃんの事が気になる私はつい話しかけてしまう。
「香澄ちゃんと仲良いんだ?」
「うん、まあ」
「学校は順調?」
「平気」
「イジメとかないよね!?」
「しつこい。香澄がいるから大丈夫だって」
「そっかぁ。本当に仲が良いんだね、良かったね香澄ちゃん」
「……それは私のセリフのような」
安全運転を心がけていた私はずっと前方を見ていたけれど、その間ずっと小葉ちゃんと香澄ちゃんの視線を後ろに感じた。
小葉ちゃんが私の家を見て驚愕していたのは今更語るべき事でもないので割愛する。
家に着くなり香澄ちゃんが仕事モードに入ってすぐにメイド服に着替えようとしたので慌てて止めた。いや、着るだけなら全然問題ないっていうか、むしろ可愛くてどうぞどうぞって気分ですが。
「今日は香澄ちゃんも座っててね。今回はお客様だから。私が飲み物持ってくるから部屋で二人でゆっくりしてて」
いっそ私がメイド服を着ようかと思った。でも、それは香澄ちゃんのだし、今日のところは控えよう。
冷蔵庫の中身は多種多様な飲み物が入っている。いつもはこの中から私の気分に合わせて香澄ちゃんが選んでくれるんだけど、今日は私チョイスだ。
自信満々に二つの飲み物を持っていく。ノックをして部屋に入ると、なぜ二人とも正座していた。小葉ちゃんは人の部屋だから分かるけど香澄ちゃんまで何故……
「はい、香澄ちゃんはオレンジジュースでよかったかな?」
「はい! ありがとうございます。一生大事にします」
「腐らないうちに飲んでよ? 小葉ちゃんは……」
「気味悪いから。ちゃんとかいらない」
「そ、じゃあ小葉はこのあまーいミルクとにがーいコーヒーどっちがいい?」
「その二つを混ぜたもの」
「だよね。はい、これ」
「砂糖を少し入れて欲しい」
「ひとつまみね。入れてるよ」
何故か胡乱な目つきで香澄ちゃんに見られつつも、三人との楽しい時間はあっという間に過ぎていった。こんなに可愛い女の子達と一緒に話すと自分も同じ学生になった気分だ。
三人で過ごしていると、ふと神様の言葉を思い出す。『家族について思い出す事だけは絶対にありえない』、と。確かに今は何一つ思い出せない。奇妙な程にどれだけ考えてもその一端すら思いつけない。けれど、いつまでもその限りではないと確信していた。
帰りは二人を駅まで見送る。空はすっかり橙色に染め上がり蛍の光が遠くから聞こえた。
「ロイドさん、今日はありがとうございました! また明日も来ていいですか?」
「もちろん。私も今度お母さんへのご挨拶も兼ねて遊びに行くね。小葉もパパとママと仲良くね」
「……あのさ」
「ん?」
「私も、また、来てもいい?」
「そりゃあもちろん」
「……そっか。じゃ、また」
「うん、気を付けて」
名残惜しそうに背中を向ける小葉。何故か一緒についていきそうになる自分の足を抑える。顔は涙を堪えて心は叫びたがっている。魂は軋み今にも弾けそうだ。
私はその理由を、まだ思い出せない。
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切り抜き
エリザベス「安藤奈津様のお部屋はどちらかしら?」
受付「……そちらのお名前で該当するデータが当院の履歴にはございません」
エリザベス「いえ、あの、昨日の内に緊急搬送された女性の方がいらっしゃるはずですわよ?」
受付「……そのような記録はございません」
エリザベス「えぇ……?」
受付「……ございません」




