第二話 (本音)働きたくない
◇◇◇◇◇
現実的な問題、今の自分。丸一日調べてみて驚愕の事実が判明した。
どうやら私には国籍がない。出生児の登録もなく産まれた形跡が無い。故に国民に課せられる税金的な縛りもない。だが恩恵だけは与えられている。外国にだって行こうと思えば行けるし、保険だって適用される。意味が分からん。
私が生きる上で不都合な事実が発生すると、相手の人物は思考にもやでもかかったみたいにボーッとして、正常な判断が出来なくなるみたいだ。私という人間はデータの上では存在せず、存在するにあたってデータを利用できる。
どうやらこの新しい体は、地球で生活するにあたってとことん好都合な工夫が凝らされてあるらしい。
豪邸という名の我が家を探索すれば、地下室の金庫に三千二百万円が現金で置かれてあったのを見つけた。なんの値段ですん? わざわざ地下室まで降りたくないので地上にまで持ってきて、置き場所が思いつかなかったので今は空っぽの冷蔵庫に現金を仕舞った。冷蔵庫に数千万の札束……知らない人が見れば軽くホラーですね。
庭にはもちろんプールもあって、ガレージにはシャープな形の私好みの車もあって、人が一人生活するにあたって全くの不便さがないこの至れりつくせり。当然のように、これら財産に書類的なものがついてくる事はない。物を維持するのにさえお金が掛かるだなんて知らなかった幼いが故の無知の体現。それが今の私だから。
現状を簡単にだが理解した私は、リビングでアメリカ仕様の巨大なアイスクリームを乱暴にも直接スプーンで頂きながら、困った顔を浮かべていただろう。因みに冷凍庫にこのアイスだけはあった。本当に意味わからんですよ。
「まずい……ニートになってしまいます」
数千万の現金。税のやり取りも国への義務もない。実質この場が世界の治外法権。余りにも何もしなくていいので、私は本気を出せば引きこもりさんになれる。
それはどうなんだ? という辛うじて残された人間性だけが今の私に思考を続けさせている。
医者になるのはどうだろうか? という冴えた思考が一つの選択肢を思いつく。でもやめた。お医者さんってお忙しそうだし、何より今の自分に専門的な医療知識があるように思えなかったからだ。どうやら昔の自分の能力は引き継がれていないらしい。今更医学部を専攻するのもちょっと……。
どこかでパートやアルバイトでもするか? という投げやりの思考が選択肢を持ってくる。悪くないが、結局どこで働くのかという結論に至る。忙しすぎるのは嫌だし、倉庫とかで働くのも遠慮したい。何故って私のこの美貌とオーラは、否が応でも人に気を遣わせてしまうだろうから。変なしがらみは欲しくない。
理想は、なるべく単独でこなせる仕事で、顔出しも最小限で済み、まあ普通くらいの収入を見込めて、出来るならば責任とかも重過ぎずに、贅沢を言えば自分が楽しめそうなのがいい。週休三日は欲しいと魂が叫ぶ。きっとこれは、前世からの願いでもあるんだろう。
そういった条件の仕事がまさかあるとも思わないが、一応ネットの情報や動画サイトのちゅーちゅーぶなども見て調べて、正にその時脳裏に電流が走る。
ビビッと脳内天啓が降りてきた。それは、この瞬間、ちゅーちゅーぶを見て。
偶然にもこのちゅーちゅーぶのキャッチコピーの一つは、私の宣言と似た所がある。
「好きに生きる」
改めて宣言した私は、今の子供に大人気の職業……ちゅーちゅーばーに可能性を見出していた。
◇◇◇◇◇
私は今自室で、パソコン越しに三人の面接官と相対していた。画面越しにも私の容姿は伝わるらしく、一人の面接官が困ったように私に聞いてくる。
所謂バーチャル面接というやつだった。
『あのー、動機もよく分からないですし、元々配信活動もされてないという事で、どうしてまたウチに応募を? 気を悪くさせてしまうかもしれませんが……貴女のその顔は、私共の小さな会社なんかよりも、十分表の社会で成功しそうだと思い……いえ確信しますが』
「そうですね。私は他の方のように志望動機は理由としては弱いでしょうし、御社へ応募したのも偶々目についたという理由なので、断られても文句は言えないものだと理解しております。むしろ、第三次面接まであって最後に落とすくらいなら、むしろ今ここで落としてもらいたいものだと実は思っております」
『えー……そもそも、どうしてただのちゅーちゅーばーではなく、ばーちゃるちゅーちゅーばーを選んだのですか? トーク力が求められるばーちゃるでは、経験のない貴女には厳しいと思われますが』
……そう、私はばーちゃるちゅーちゅーばーになろうとしていた。今のこのプチ流行に乗ってやろう、とかそんなのではない。れっきとした理由があるのだ。
「ほら、私は顔が可愛すぎるので、顔出しのちゅーちゅーばーでは暴動すら起きかねないかと」
『おっ、今の発言ばーちゃるの素質アリだね』
端にいたもう一人の面接官が機嫌を良くする。今の私の言葉に、一体どこにばーちゃるらしさがあったかどうかは不明だが。
「声も相当美しい方だと思うので、ばーちゃるでも上手くいけるかなーと思いまして」
『いいねいいね、素質アリアリだね』
面接官さんもノッてきたねー。
私が最後に「世界に存在するありとあらゆる可聴領域なら声真似出来ると思います」と言ったら、三人の面接官はその場で相談しあって、最終的に残りの面接をすっ飛ばして合格をもらった。
声真似云々は、この体になってから多分出来るであろうと理解したものだ。骨格も常識の範疇で少しなら操作出来る、気がする。トランプ使いの怪盗に並ぶ私の個性だ。今のところ使い道はあまりないけど。
『才能あると思う』『まあいいんじゃない?』『いけると思う』『辞めたらどうする?』『それはそれで最速RTAで面白そう』『確かに』
そんなこんなを目の前で話し合われて晴れて合格した私は、再来週の月曜日、スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生、元人間のアンドロイド、今は人の心を勉強中という設定で、初配信をやり遂げる……!