第十五話☆ 第二期生としての 矜恃 重圧
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伝説の第一第二第三期生巻き込みコラボ配信の後、私達は打ち上げと称して夜は三人でお食事しに行った。全部が380円の素敵なフレンチが食べられるお店。
店員さんを呼ぼうと思ってエリザベスさんが間違えてベルを押したら、それは問答無用のテキーラジョッキコールでオロオロしてたの可愛いかったですね。店員さんが気を遣って戻そうとしてくれたので、そこは私が漢気を見せて一気飲みをさせてもらった。体がほんのり温かくなる。それが私の、酔いの限界だった。それ以上の変化を私の体は許さない。
最終的に、標準語を喋れなくなったエリザベスさんだったので、そこでお開きとなった。橘タクシーが迎えに来てくれたので、私は介護と称してちゃっかりエリザベスさんのご自宅にまでお邪魔してしまった。いや、本当に体調を心配しての事だけれどね。
エリザベスさんは廊下で限界が来たようで遂に動かなくなり、私が抱っこしてベッドまで連れていった。その時、勢いあまってエリザベスさんの顔にキスをして……なんて事もなく、自らの名誉の為にもラッキーエッチな展開は阻止した。同じベッドで寝かせてもらうくらいなら問題ないと思ったが、まあ寝る必要もないので私は枕元で夜更けまでエリザベスさんの顔を見下ろしていた。それもそれで怖いか。
ふと気付けば、外が明るくなっている。すると、予めセットされていたらしくエリザベスさんのスマホからアラームが鳴った。エリザベスさんは勢いよく飛び上がると、まだ酔いが残っているらしく頭を押さえながら洗面所へと向かっていった。
……私は? もしかしたら気付かれてないのかな。一晩傍にいたのに。
私の予想は当たっているらしく、エリザベスさんはそのまま今日の配信を若干寝ぼけながら始めた。声はいつも通り華やかに凛々しく、いかにもお嬢様みたいな口調だが、コメントを覗くと検証班は既に事情を察しているみたいだった。
途端に置いてけぼりにされた私だったが、朝ご飯も食べていないエリザベスさんに私の手料理を振る舞う事に決めた。もちろん調理にオリジナル性はなく、プロの動画を完全記憶で完コピで。
私のてんとう虫ポーチに入れてあった材料で作ったのはシンプルに三つ。白米と味噌汁と卵焼き。味の方はプロが保証している。
エリザベスさんが動画を配信している部屋に向かうと、丁度私の話をしているようだった。
「──全く、あの方は常識破りなのですわ。仲が良い? ご冗談! そもそも昨日が初対面でしたのよ。仲の良さ以前の問題ではなくて? そもそも……」
放っておくと私の悪口で盛り上がりそうだったので、軽くノックして部屋に入る。タイミングとしては、まさに完璧だったろう。
「お嬢様朝ご飯をご用意させていただきました」
「ひぇあああ!?」
お嬢様らしからぬ悲鳴が聞こえた。本当に私の存在の欠片すら気付いていなかったらしい。
それとも声をアレン様に変えたからかな? 今の悲鳴は、多分そっちの気が強い。
「な、ななっ、何故ロイド様がこちらに!?」
「何でって昨日の夜からお泊りさせてもらってるんじゃないですか。もう、急に変な事を言って私をからかってるんです?」
「ええ? いやっ……えぇ? その……ともかく今は配信中でして」
「あれ、そうだったんですか。すみません気付きませんでした。決して私の良くない話題が聞こえたので邪魔に入ろうとか、そんな事は考えてなかったですよ。決して」
まだ状況についていけないエリザベスさんは、ひとまずどうして私がここにいるのかをさて置き、配信中に朝ご飯を食べるのは如何なものかという論点を気にしだした。「配信中にお食事だなんて……」と私に常識を訴えかけてくる。
「いいと思いますよ。ほら、コメント欄を見てください。助かるって言ってますよ。何が助かるかはよく分からないですけど。そんな何かに迫られるように配信をしなくてもいいと思います。エリザベスさんはいつも頑張ってるんですから、朝ご飯くらい食べたってバチは当たりませんよ」
「……ロイド様は少し私に甘いのではなくて?」
「そんな事ないですよ。でも、そう思うならそれは、エリザベスさんが自分に厳し過ぎるんですよ」
私がそう言うと、渋々エリザベス様は料理に手をつけた。『プロ直伝 王道にして感動、朝食編』の謳い文句は伊達じゃなかったらしい。最初はただ美味しさに驚いていたエリザベスさんだったが、次第に涙を流し始めた。
流石に泣く程ではないはずなんですけど。
「ぐすっ。誰かに作ってもらった朝ご飯を食べるのは、久しぶりですわ」
「そんなに喜んでいただけるなら何度だって作りますよ。どうせなら、今度はお食事配信しましょう! 私の家でみんなを呼んで!」
「……貴女は……人生を楽しんでいますのね。ばーちゃるちゅーちゅーばーも含めて。そしてそれこそがきっと、私に足りなかったモノなのでしょうね。ようやく分かりましたわ。貴女が私に伝えたかった想いが」
「伝えたかった事だなんて、買い被り過ぎですよ。ただ私は、もう少し肩の力を抜いてもいいと思っただけです。少なくとも私は、そっちの方が自分を好きでいられるようになりましたから」
それを私はエクレールII世さんから教えてもらったし、何ならこの状況だって、もしかしたらエクレールII世さんの望んだ結果なのかもしれない。
短い間隔で私との配信を計画したのは、それも多少強引に日曜に指定したのは、その日のエリザベスさんの予定がスクエア本社でしかも配信終わりで丁度私がエクレールII世さんに呼ばれたのと重なる時間帯だったのは、果たして偶然だったのかしらと。
でも、エクレールII世さんにそれを言っても、『買い被りすぎだって』とか言うんだろうな。
確かな事は、エリザベスさんの顔から迷いが消えた事だ。今のエリザベスさんは寝起き二日酔いボサボサ癖毛のツインテールだけど、私が見たどんな表情よりも1番の素敵な顔だった。
「ま、料理配信の前にまず方言配信もいいかもですね。エリザベスさんの博多弁みんな聞きたいみたいですよ……いや、聞きたいって言いよーよ?」
「っ……二度とごめんですわ!!」
自分の恐ろしいまでの魅力にまだ気付いていないエリザベスさんは、心の底からの叫びで配信にオチをつけた。
尚、この後チャンネル登録者数が爆発的に増えているのに気付いて思わず『どうなっとーと!?』とか言ったそうな、言わなかったそうな。ちゃんちゃん。




