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第十二話 不機嫌な公爵令嬢

◇◇◇◇◇


「えー可愛いーモヨっちゃんまじ可愛いー」

「えー、私なんて全然可愛くないですぅー。本当ですぅー。自分の顔が嫌になっちゃうみたいなー」

「えー嘘ウケるー」


 最寄駅で目的の電車を探しながら、高校生だよなー元気あるなー凄いなーと思いつつキャピキャピな子達の横を通り過ぎる。


「えっ‥‥豊穣の女神?」

「わ、私なんて全然可愛くない、どころか……! それを考えるのは少し億劫ではあるが、しかし幾ら自分の顔を鏡に写そうとも見つめ返すはミジンコ以下の目と鼻と口のある何かだった」

「ウケるー」


 あ、マスクしてたけどサングラスしてなかった。これがあるとないとでは内に秘めたるスパイごっこ又は興信所ごっこのクオリティに差が出るからね。必需品だね。


 いつもの不審者コーデになって、ようやく目的の電車に乗り込む。今から向かうのはスクエア本社。この前エクレールII世さんとコラボ配信をした時に利用したので実を言うと二度目だ。でもあの時は他に見て回る余裕もなかったし、どうせなので今日は本社見学をしようと思う。どうして今日本社に向かっているのか、それはエクレールII世さんとコラボだから! 一週間とは早いものよ。私の時間のルーズさに気を遣ってか、少し早く来て打ち合わせをするようお願いされてある。


 二駅進んで新幹線に乗り継いで、東京都台東区秋葉原うんたらかんたらにあるでっかいビルの本社に着いたのはお昼の1時を回った頃。


 受付のお姉さんの横を笑顔で通り過ぎると、あちらも元気よく手を振ってくれて私は顔パス。私の顔は覚えやすいからね。サングラスとマスク越しでも分かってくれる。


 少し歩いて一階のロビーにある縦四百横八百センチの無駄にでかいホワイトボードで各ライバーの今日の日程を確認する。因みにホワイトボードに書かれた内容のうち七割は落書きコーナーとして使われている。


『死んでから死ね』『()ねやぁ!!』『猫背で豚ウェイトって私は人間ハイブリッドかよ』『視聴者はみんな三歳児だと思うと大体許せる』『少し寝る。少し。私が起こしてて言ったら起こしてね』『酔ってないよ。飲んでるだけ』


 配信でうまれた迷言もあれば、画伯の集う絵画展も幅広くホワイトボードを浸食している。私も何か書いとこう。


『電気羊の夢って……? 羊が一匹、羊が二匹のこと?』


 各ライバーの控え室は三階に用意されてある。私のももちろんある。ただし、内装はシンプルで、唯一の私物はエクレールII世さんの予備の寝袋が置かれてあるだけだ。……私物? まあいい。


 今日は内装に彩りを加えようとシャボンの香るスティックタイプの芳香剤を買っているからね。これも置くつもり。気分は動物の()。ただしローンを迫る狸はいらない。


 ルンルン気分で部屋に向かうと、見知らぬ誰かが扉の前に立っていた。そして、そこは間違いなく私の部屋のはずだった。完全記憶に頼るまでもなく、扉の色が私のパーソナルカラーである橙色と銀色でド派手に染まっているからだ。


 はて、やはり私の知らない人だ。向こうがこちらに気付き顔を向けた拍子にクルクルっとしたツインテールが跳ねる。どうやら、向こうが部屋を間違えたという事でもないらしい。彼女の目は明らかに私を見つめて……いや、特徴的なつり目はもはや睨んでいると表現しても過言。うん、睨んでるは言い過ぎだよね。 


 でも、友好的でないのは確かだった。私がこの顔と身体になって初めて友好的ではない視線だった。


「本当にそっくりですわね……初めてお目にかかりますわロイドさま。(わたくし)、田中紀子といいますの。きっとご存知ないでしょうからライバー名も名乗らせて頂きますわね。スクエア所属 第二期生 公爵令嬢のエリザベスですわ。以後お見知り置きを」


 エリザベス……あの青髪ドリルツインテールお嬢様か! と暇な時に見た切り抜き動画を思い出す。そういえば言われてみれば、どことなく面影がある。


 普段の生活からその特徴的な口調なのはキャラ作りの一環なのか、それとも生来のものか。とにかく最後の名乗りがカッコ良くて感動した。ライバー名があたかも二つ名の如く私の脳内で補完された。ここまで丁寧な挨拶をされては私も返さなければいけないでしょう。


「スクエア所属 第三期生 アンドロイドの安藤ロイドです。本名は名乗るほどの者ではありません……安藤奈津です。私に、何か御用でしょうか?」

「ええ貴女に申し上げたい事は山ほどあります」

「ぉぉっと」


 なんだか穏やかではない。穏やかではないですね。私はそう思いますけど。けれど実際のところどうなのでしょう。この方から滲み出るオーラは怒りというよりも、もっと別の……


「このままでは貴女は、ばーちゃるちゅーちゅーばーを辞める事になりますわよ」

「……その心は?」

「中途半端なのですわ!」

「……」

「今はまだ話題性もあって多くの視聴者様がご覧になって下さりますけれど、言って仕舞えばそれまでなのですわ! 身の丈以上の評価は毒ですのよ。貴女のトーク力とやる気では、このままですと徐々に登録者数も減っていき、視聴者様が離れ、気分が落ち込み熱意を失い、ばーちゃるライバーを辞めたくなってしまう時がきますわよ!」


 ビシッ! と、扇子を力任せに畳んだみたいな張りのある声でお叱りを受け、私も雷を打たれた少女漫画の如きリアクションを取る。


 わ、私にそんな繊細な心が!? と。……まあ、考え辛い事だが、一部は確かに彼女の言う通りだろう。私は今でこそ切り抜き動画も多く、それがトレンドに載ったお陰でばーちゃるちゅーちゅーばーとは縁のなかった視聴者さんにも登録されたりと様々なブーストがかけられているが、お世辞にも話が面白いとは自分ですら思わない。精々が時々シュールな笑いを誘うくらいで。迷言だってそんなに持っていないし。


「そもそも、私共を差し置いてあろう事かエクレールII世様とコラボ配信をするだなんて羨まっ……いいえ! 物事には順序があるのですわ。それなのにロイド様は私共にはいつまで経っても声を掛けてくれずに寂しっ……いいえ! そうではなく! 貴女は先輩と後輩という上下関係を少々蔑ろにしているのではなくて? 社会人以前の人間としてのマナーの問題ですわよ」

「その様なつもり当方には一切無くてですね……」

「今だってそうですのよ。このご時世マスクを外せとは申しませんが、先輩と会話をする時くらいせめてそのサングラスを外すのは常識ではなくて? 人によっては、そのような些細な事でさえ不快に思われる方がいるのですからお気を付けにやっぱり貴女は付けたままでいいですわ外さないで下さいまし!」


 言われた通りにしたら止められた。理不尽な。これは何ハラってやつなのです?


「ドキドキしましたわ……」とか何とかボソッと口にして、改めてエリザベスさんは私に詰め寄る。


「私は日々全力でばーちゃるちゅーちゅーばーの働きに取り組んでいますの! その誇りと矜持をっ……何だか踏み躙られたような気分ですわ……」最初こそ勢いよく、最後は徐々に声のトーンを落としていき、終いには「ごめんなさい。最後のは、ただの八つ当たりですわ」と勝手に反省されて。


「それでは、後悔なさらぬように……私はこれで失礼しますわ」


 挙げ句の果てに、一人ぼっちで帰ってしまおうとしているものだから、私は慌ててその手を引き止めた。


「な、何ですの?」


 本当、何をしているんだろう。


 この人の言う通り、私は確かに全てが中途半端で、口が曲がってもばーちゃるちゅーちゅーばーに全力を懸けてるだなんて言えないけど。


 だから今こうして彼女を止めているのは、ばーちゃるちゅーちゅーばーではなく、一人の人間としてだ。


 誇りと矜持を兼ね備えた女性が、そんな悲しい顔をしていいはずがないと思ったからだ。少なくとも同じ様にばーちゃるちゅーちゅーばーに全力を懸けたエクレールII世さんは、毎日が楽しくて仕方ないって顔をしてた。どうせなら、ああいう顔の方が私は好きだから。


「今夜のコラボ配信、エリザベスさんもどうですか?」 

「なっ……貴女は何を言ってるの?」

「今夜の夕方から始まるエクレールII世さんとの雑談配信にエリザベスさんもどうですかとお誘いしているんです」

「そういう事ではなくっ……いえそういう事ですわ! な、何故私を? もしかして、既にチャンネル登録者数が私の方が下だから、惨めで無様だと哀れんでいるおつもりなの?」


 そうなんです? いえ、それは存じなかったですけれど。そんなつもりは一切なくて。


「勘違いしないでください。こう見えても私、選り好み激しいんで。同情だとか哀れみで人を誘ったりしません。私がエリザベスさんと一緒に配信したいって純粋に思ったからです」

「っ……ロイド様はいちいち心臓に悪いですわね。もしも私が、今日は別の配信の予定があるからと断ったらどうしますの?」

「私一眼見たものなら忘れられないんです。エリザベスさんの今日の日程は、既に把握済みなんですよ」


 自分のこめかみ辺りを指で小突きながら、私は自信満々に答えた。尚この時、事務によるホワイトボードへの書き込み忘れは考えないものとする。


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