7、妖精王の求婚
リリアは、ミントとランを連れて森にやって来ました。ミントやラベンダーを大量に育てる場所を探し求めていたところ、ミントとランが森の中を勧めてくれたのです。
「‥ミント、本当にここでいいの?」
「いいから、森の中を進んで行って。そうすると、とっても広大な平地が見えて来るから。」
「‥あなたがそう言うなら、信じるわ。」
リリアはそう言って、森の中をどんどん歩いて行きました。
すると‥‥
「わぁー、すっごく綺麗な場所ね!」
森の奥には、大きな湖とその湖を囲むように広大なお花畑が広がっていました。
「‥そう言えば、昔から絵本や小説に出てくるお花畑のお花って、何の花が咲いてるのかなぁって思ってたんだけど‥‥ここのお花畑は、カタバミやスミレが咲いてるのね。」
「‥リリア?」
「‥あっ、ごめん。‥で、ここにミントやラベンダーを植えても大丈夫なのかしら?」
「勿論!ここなら僕らも遠慮なくどんどん増えて行けるし、僕らがここに植えて欲しいんだ。それにね、ここの森はね、どこまでも広がっていけるんだよ。」
「‥でもそうすると、森の外周も広がるのよね?大丈夫なのかしら。あんまり森が広がると、外から人間達がこれ以上広がらないように木を伐採したりしない?」
「うん。森の広さは、外からじゃ分からないだろうけど、この国の土地よりも広いんだよ。
‥リリア、目で見える物事だけを全てだと思わないで。‥頭と心を柔軟にして、全ての状況を受け入れるんだ。」
「うん。深く考える事はやめた。そういうものなんだなぁって思っておく。」
リリアは既成概念を捨てて、森で起こる全ての状況や現象を受け入れることにしました。
‥リリアはまわりの人達に一見クールで頑固そうに見られがちですが、実際はかなり順応力が高くて、ポジティブなのです。
「‥リリア、ここに僕らの分身を植えて行くよ。僕とランは君の側にいてあげる。君は人間の友達が一人もいないようだからね。」
「‥うん、ありがとう。」
ミントとランは、この広大な花畑に自分の分身をとばしました。すると、キラキラした粉が舞って、花畑があっと言う間にミントとラベンダー畑になってしまいました。
「‥凄い!」
「さあ、リリア。次は沢山のミントからオイルやミントウォーターを取り出す工房を作ろうか。‥名付けて、『妖精のハーブ工房』だ。」
「‥えっ、あなた達がやってくれるの?」
「リリアの頭の中にある、オイルを抽出する為の工房のイメージは、そっくりそのまま僕に伝わって来たから、大丈夫。すぐに再現できるよ。‥‥それにリリアの頭の中にある工房のイメージは、この国の人間には理解しにくいから、再現は難しいと思うよ。」
「‥本当にあなた達がやってくれるなら、私としてはこの上なくありがたい事だけど‥。何だかして貰うばっかりで、気がひけるわ。」
リリアは、妖精のミントやランに甘えっぱなしになるのは嫌だと思ったのです。
それに人任せに(妖精まかせ)にしておいて、利益だけをリリアが横取りするなんて‥そんな事はできない、と思ったのです。
「‥なら、僕らの尊敬する妖精王に会ってよ。妖精王は、以前からリリアの噂を花の妖精達から聞いて、リリアを気に入っていたみたいだから、喜んで会ってくれるよ。それに僕らが何かをしようとする時は、必ず妖精王に許可を得に行く事になっている。だから、今から妖精王に会ってよ。」
「ミント、そんな急に‥。どうしよう、まだ心の準備が‥。」
妖精王と聞いて、動揺してしまったリリアですが、そんなリリアにはお構いなしにミントは湖から妖精王を呼び出してしまいました。
「王様ー、リリアが会いに来ましたよ。出てきて下さーい!」
ミントの呼びかけに応じたのか、湖から水も滴る美男子が現れました。長い銀髪に金色の‥瞳‥、どことなくリリアを彷彿とさせる容姿でした。
リリアが妖精王に見惚れていると、妖精王はそんなリリアににっこりと微笑んで言いました。
「‥リリアか?はじめまして。僕はこの湖に住む妖精だよ。‥まわりからは妖精王と呼ばれている。
‥‥ほぉ、君の姿形や魂の系譜に、微かに妖精の気配がするな‥。君の遠いご先祖様に我々のような存在がいたのかもしれないよ。」
「‥そうなんですか?」
「‥その証拠に君にとって、人間世界は生き辛いはずだ。」
「‥人間関係は苦手です。生きづらさ‥は感じていませんが、都会で賑やかに暮らすよりは、田舎でひっそりと暮らすのが夢です。」
「リリアは静かなところが好きなんだね。‥リリアは、花の妖精達が見えるって聞いてるけど、他の妖精は見える?」
「‥いえ、花の妖精だけです。」
「‥では、花の妖精に縁があるのかな。」
「‥はぁ。」
「‥あっごめんね、質問ばかりして。‥最後にもう一つ聞かせて。‥君は結婚してるの?」
「はい。すでに結婚しています。」
「‥幸せかい?」
「‥あと2年半ぐらいで、白い結婚のまま離縁する約束になっています。幸せか‥というのは、よく分かりません。」
「‥?」
リリアは、妖精王にテオとの密約の話をしました。それに、現在の夫婦仲や公爵家の状況、テオとベラの事も話しました。
リリアは、なぜか妖精王に自分の状況や思いを全て話したくなってしまったのです。‥それはリリアにしては、珍しい事でした。
初対面の妖精王に、リリアはいつの間にか心を許していました。
そんなリリアに、妖精王は突然求婚してきました。
「‥離縁したら、田舎の教会に行かずに僕と結婚して、ずっと僕の側にいてくれないか?君は僕の運命の相手なのかもしれない。‥何というか、君といると心地良いんだよ。それに、君は可愛いし、賢いし、強いし‥もう言い出すとキリがないけど、とにかく君を好きになってしまったんだ。‥‥だから、僕に時々会いに来て欲しい。そして、僕との結婚についても考えておいて欲しい。」
リリアは、心臓がドキドキしていました。美しい妖精王からは目が離せないし、顔が赤くなってくるのを感じていました。
リリアは、生まれて初めて愛を告白されたのです。しかも、美しい妖精王から。‥‥リリアは妖精王の求婚をとても嬉しく思いました。
田舎の教会でなくても、森の中で妖精王と結婚して暮らす方が、花の妖精達とも一緒にいられるし、この上なく幸せに思えました。
「妖精王、ありがとうございます。‥その、とても嬉しいです。私で良ければ、離縁の暁には是非‥。」
「ああ、離縁したらここに来るといい。今日は見せられなかったが、湖の中には美しいお城や街が広がっているんだよ。‥君もきっと気に入るはずだよ。」
「ありがとうございます!」
こうして、リリアはテオとの離縁後に妖精王と結婚をする事になりました。
「ああ、離縁の日が待ち遠しいわ。こんなにワクワクしたのって生まれて初めて!」
「フフフ、本当だ。リリアの嬉しそうな表情を初めて見た。」
「だって、こんなに素敵な事ってないでしょう?」
「‥リリア、今すぐ離縁して妖精王と一緒になれば良いのに。」
「あら、駄目よ。約束があるし。‥それに、旦那様はとても身分の高い方だから、下手にこちらから離縁を申し出ても良いような方ではないのよ。」
「‥何だか人間世界って面倒臭いよな。」
「フフフ、本当よね。私もそう思うわ。
そうそう、2年半後に離縁するのだとしても、旦那様と結婚している間は、旦那様のお屋敷の人達や領民達の為に、精一杯頑張っていくつもりよ。それが私のけじめなの。」
「ふぅん、まぁリリアがそれでいいなら良いよ。」
リリアは、その日とても上機嫌で公爵邸へ帰ったのでした。




